四月がもう少しで終わってしまう。倫敦への出発は連休が明けてからだが、もうなんだか落ち着かない気分。着ていくジャケットやらシャツやらは数日前に調達したのだが、軽くて履きやすい靴が欲しくなり、昼過ぎに隣町まで自転車で出かける。
気温は二十度を優に上回り、少し早いが皐月晴れと呼びたいような陽気。そこらじゅうで躑躅が満開だ。少し値が張ったが、見栄えのよい茶色の旅行靴が見つかったのでこれに決め、ついでに食料品を買い足して帰宅。
そのあとは午前中にひき続き、山田耕筰の「プロコフィエフ追悼」エッセイの翻訳。意味の取り辛い箇所があって難渋したが、どうにか最後まで仕上げ、必要な註をいくつか附して四時近くに完了した。終わった、これですべて終わった。旅行前に済ましておくべき原稿書きは悉く終了した。
あとは倫敦で観る(つもりの)芝居の台本に目を通しておきたい。これをしないと、早口の台詞の応酬にどうにもついていけないからだ。でも今日はやめにしよう。いささか疲れたし、もう根が続かない。
というわけで未聴のCDを順番にかけていく。まずは馴染の音楽からいこう。
ドビュッシー:
小組曲(ビュセール編)、神聖な舞曲と世俗の舞曲*、アルト・サックスと管弦楽のための狂詩曲**(ロジェ・デュカス編)、クラリネットと管弦楽のための第一狂詩曲***、ピアノと管弦楽のための幻想曲****
エマニュエル・クリヴィ―ヌ指揮 リヨン国立管弦楽団
ハープ/マルギット・アンナ・ジュス*
アルト・サクソフォーン/ジャン・イーヴ・フルモー**
クラリネット/フランソワ・スーゾー***
ピアノ/ジャン・フィリップ・コラール****
1994年4月、1995年8~9月、リヨン、モーリス・ラヴェル楽堂
DENON COCO-70891 (2007)
前々から具眼の士がこぞって絶賛していたクリヴィ―ヌのドビュッシー。最近ようやく再発されたので聴いてみたら、たしかに繊細な音色と玲瓏たるテクスチャーの描出に秀でた出色の演奏。クール・ビューティの極致だ。ソロイストの音色までそれに寄り添っていて感心する。
フローラン・シュミット:
「黄昏」 作品56
「影」 作品64
「クロード・ドビュッシーの墓のための小曲」 作品70-1
「子供たち」作品 94
ピアノ/ロラン・ヴァグシャル Laurent Wagschal
2005年5月2~11日、パリ、サン=マルセル寺院
Saphir LVC 001055 (2005)
数少ないフローラン・シュミットのピアノ曲選集。まず見かけない盤なので、パリの版元から取り寄せたら、吃驚するほどの値段になってしまう。悔しかったが、秀逸な演奏なので赦そう。表紙にアルベール・グレーズ筆になるキュビスム様式の珍しい「フローラン・シュミットの肖像(1914‐15
→こういう絵)」が掲げられているのも一興。こんな肖像画があるなんて今の今まで知らなんだ。
エルガー: 交響曲 第一番、「南国にて(アラッシオ)」*
エイドリアン・ボールト卿指揮
レナード・スラットキン指揮*
BBC交響楽団
1976年7月28日
2002年7月23日*
ロイヤル・アルバート・ホール (プロムス実況)
BBC Music MM 269 (2006)
例の音楽誌の附録CD。こんな稀代の演奏が無料配布されてしまって良いのか。ボールト卿御年八十七歳(!)のエルガー演奏。さすがにこれが「プロムス」最後の出演となったそうだが、どうしてどうして、弛緩するところの微塵もない迫力たっぷりの名演だ。ボールトはハンス・リヒターによるこの曲の倫敦初演のためのリハーサルを聴いているのだそうだ。
レーガー:
ヴァイオリン・ソナタ 第八番 ホ短調 作品122、第九番 ハ短調 作品139
ヴァイオリン/ナッフム・エールリヒ
ピアノ/ジークフリート・マウザー
2002年6月12日、2000年11月22日、
バーデン=バーデン、ハンス・ロスバウト・スタジオ
Hänssler CD 93.110 (2004)
ブラームスをもっと晦渋にしたような、という印象がつきまとい、ついつい敬遠気味だったレーガーであるが、このところ晩年の室内楽をいくつか聴いて、その書法の巧緻さと構成力の確かさ、それらと拮抗するほどの内奥の感情の激しさに惹かれるようになった。それぞれ1911年と1915年、すなわち三十八歳、四十二歳のときの作品だが、もはや老練といいたい円熟味は疑いようもない。後者を書き終えてわずか一年後、レーガーは四十三歳の若さで早世するのだが、ラヴェルとほぼ同世代の彼がもしも1920年代、30年代を生き延びたなら…という仮想を禁じえないほどに、この二曲の達成は素晴らしい。
"The Cellist's Hour: Le Petit ane blanc"
ニン: グラナディーナ
ポール・トルトリエ
作者不詳: 英国民謡による三つの小品
ジョン・バルビローリ
バッハ: アレグロ ~ソナタ 第三番
エティエンヌ・パスキエ
ラドミロー: アンダンテ ~チェロ・ソナタ
モーリス・マレシャル
フレスコバルディ: トッカータ
ルートヴィヒ・ヘルシャー
ショパン(マイナルディ編): 夜想曲 第二十番
エンリーコ・マイナルディ
アーン: わが歌に翼ありせば
アンドレ・レヴィ
アルベニス: スペイン風セレナード
ガスパール・カサド
マスネ: エレジー
アンドレ・ナヴァラ
フォーレ: 糸を紡ぐ女 ~「ペレアスとメリザンド」
ピエール・フルニエ
バッハ: アリオーゾ
ラドゥ・アルドゥレスク
グラズノーフ: スペインのセレナード
スヴャストラフ・クヌシェヴィツキー
フォーレ: 夢のあとに
リヒャルト・クロチャック
イベール: 小さな白い驢馬 ~「ものがたり」
ダニイル・シャフラン
Disk Union classics-MO 2008 (2008)
レーガーでいやがうえにも嵩じた緊張をほぐすため、歴代のチェリストの小品を集めたこんなCDを選んでみた。中古レコード店の特典盤として貰ったもの。バルビローリのチェロが聴けたり、アンドレ・レヴィのアーン、フルニエのフォーレ、シャフランのイベールなど、いずれも珍しさの極み。たまにはこういうアンソロジーもいいだろう。これで心静かに眠れそうだ。