風呂から上がって何気なくTVを点けたらサイモン・ラトルが大写しになった。
野外のコンサート。はああ、毎夏やるベルリン・フィルの「ヴァルトビューネ」だな、と思っていたら、いきなりフルートのソロが懐かしい旋律を奏で始めた。こ、これは「牧神」…じゃなくて、ええと…、これは…。
信じられない! ディーリアスの「ブリッグ・フェア(ブリッグの定期市)」ではないか!
ラトルがディーリアスを演るのも初めてなら、ベルリン・フィルが「ブリッグ・フェア」を演奏するというのも前代未聞。さすがに、というか、当然、というか、素晴らしく質の高い演奏だ。弦のニュアンスも豊麗だし、木管楽器の繊細さといったら! 欲をいえばラトルのテンポがちょっと走りすぎるのだが、まあそれは個性の範疇だろう。とにかく、これはひとつの夢の実現だ。
冷静になって考えてみると、ディーリアスの生前、彼の音楽が最も多く演奏されたのは、母国のイギリスでも、住処としたフランスでもなく、ここドイツだったのである。
カッシーラーをはじめ多くの指揮者が彼の楽曲をこぞって取り上げたし、カール・シューリヒトが晩年までレパートリーにしていたのは有名な話だ。
陶然と聴き惚れるうち、曲は静かに大空に消え入るように終わった。一瞬のしじまののち、盛大な拍手と歓声が巻き起こる。