千葉からはいささか遠いのだが、電車とバスを乗り継いで葉山の神奈川県立近代美術館に出掛けた。ここでは特別展「誌上のユートピア 近代日本の絵画と美術雑誌 1889-1915」を開催中。明治中期から大正初年までのグラフィック・アートを新たな視点から捉え直す意欲的な展覧会に違いないと直覚したからだ。これはきっと遠路はるばる足を運ぶに価しよう。
会場にはまず導入部として『ユーゲント』『ヴェル・サクルム』『イエロー・ブック』『ココリコ』など世紀末ヨーロッパの雑誌を紹介し、美術と文学の交歓と協働をつぶさに見据えたあと、わが『明星』『光風』『方寸』における同種の試みを丹念に検証していく。広義のアール・ヌーヴォー運動のなかで、前者が後者に及ぼした影響の大きさは疑いようがなく、しかも単なる模倣に留まらない日本独自のグラフィック表現が急速に育まれていくさまが実感できる。これは優れて啓蒙的な展示である。
ひとつひとつの誌面を溜息をつきながら眺め歩くのは無上の歓びである。雑誌類のほかに、装丁に贅を凝らした文芸書、手の込んだ多色刷の絵葉書、石版刷のポスター類も随所に加えられて、当時のグラフィック・アートの豊穣な世界を垣間見られるのも愉しい。
とはいえ、この展覧会には欠陥もある。会場には白馬会、フュウザン会などの代表画家のタブロー作品もかなりの数が並べられているのだが、それらが雑誌の挿画とどのような関係にあるのかが一見して詳らかにならないのが実にもどかしい。もちろん何らかの意図の下にそれらが同時展示されているのは自明なのだが、会場にはそれを解説するキャプションがなく、カタログを参照してもそのあたりの事情は一向に明らかにならない。絵画作品とグラフィック作品に通底する傾向や意識は強いのか、あるいは乏しいのか。そのあたりを本展は明確に示してはいないように思う。
最後の展示室で創作版画雑誌『月映(つくはえ)』を久しぶりに堪能。アール・ヌーヴォーから脱皮し、急速に象徴主義へ、表現主義へ、そして抽象表現へと驚くべきスピードで駆け抜ける大正期の変貌の激しさに、今更のように目を瞠る。
カタログはデザイン・桑畑吉伸、制作・コギトによる端正な仕上がり。ただし、個々の出品作についての作品解説があまりにも少なく、その点ではまことに隔靴掻痒の内容。葉山の学芸諸氏の博識をもってすれば、詳しい解題は造作なかろうに。
二時間ほどゆっくり会場を歩いたあと、ちょっと満たされない気分で外で出たら、雲間から陽光が海上に射しかかって息を呑むほど素晴らしい眺め。坂道を降りて浜辺まで歩く。わが千葉の人工海浜も悪くないが、葉山海岸はさすがに本物だけあって、美しさが違う。エメラルド色から濃紺へとグラデーションを描く海の色にしばし見惚れた。