マルセル・パニョルという固有名詞と初めて遭遇したのは1960年代、中学生の時分だったと思う。
岩波新書に彼の書いた評論集『笑いについて』があり、恐らく題名に惹かれて手に取ったのだが、そのときはまあ豚に真珠でまるで歯が立たず、面白さが皆目わからなかった。もう一冊『批評家を批評する』という本も目録に載っていたはずだが、こちらはすでに品切とかで手に入らなかった。
結局そのときは単にパニョルという名前だけを知ったに留まり、彼が1974年に世を去った際も、その死亡記事に格別な感慨は浮かばなかったに違いない。
パニョルの名は戦前の日本でも、演劇・映画ファンの間ではそれなりに親しまれていた。パリで大当たりをとった出世作『トパーズ』(1928)は、早くも三年後に友田恭助、田村秋子らの劇団「新東京」が上演しており(1931年6月、帝国ホテル演芸場)、それに続くマルセーユの旧港を舞台にした「マルセーユ劇」三部作『マリウス』『ファニー』『セザール』も、それらの映画化を通して、また永戸(えいと)俊雄の名訳を通して広く人口に膾炙したとおぼしい。
戦後の岩波新書(青版)がパニョルの評論を二冊も翻訳刊行しているのも、こうした戦前のパニョル受容と無関係ではあるまい。
とはいえ、小生にとってマルセル・パニョルの名が真に意味をもち始めたのは、晩年の彼がのびのびと思うさま健筆を振るった幼少期の回想四部作「少年時代」の翻訳刊行を契機とする。
少年時代1 父の大手柄 評論社、1974
少年時代2 母のお屋敷 評論社、1975
少年時代3 秘めごとの季節 評論社、1975
少年時代4 恋する時 評論社(現代選書)、1978
先日たまたま、この「1」と「2」をパニョル御大自らが全文朗読したCDを手に入れたところから、昔これらを心躍らせて読み通した記憶が俄かに甦った。佐藤房吉の翻訳はまさに達意の名人芸だったし、風間完の丁寧な挿絵が随所に入るのも面白さを倍増させたものだ。
このところ東京への往還には「少年時代」の文庫版(評論社文庫)を鞄中に忍ばせ、少しずつ再読するのを愉しみとしている。訳文も挿絵も昔のままだが、題名だけは映画化に合わせて「1」が『マルセルの夏』、「2」が『マルセルのお城』と変更されてしまっているのだが。
さて、今日もパニョルを読みながらJRと地下鉄を乗り継いで飯田橋へ。先日に引き続き、ルノワールにまつわる連続上映が行われている日仏学院へいそいそと足を運ぶ。何を隠そう、今日はほかならぬマルセル・パニョル自らの監督作品と、パニョルのプロデュースでルノワールが監督した作品とが続けざまに上映されるのである。逸る心を抑えきれずに、会場へと続く急坂を思わずスキップで駆け上ってしまう。
マルセル・パニョル監督作品
アンジェール Angèle 1934
オラーヌ・ドマジス(アンジェール)+フェルナンデル(サテュマン)+アンリ・プーポン(クラリュス)+ジャン・セルヴェ(アルバン)+アンドレックス(ルイ)+エドゥアール・デルモン(アメデ)
ジャン・ルノワール監督作品
トニ Toni 1934
シャルル・プラヴェット(トニ)+セリア・モンタルヴァン(ジョゼファ)+ジェニー・エリア(マリー)+マックス・ダルバン(アルベール)+エドゥアール・デルモン(フェルナン)+アンドレックス(ガビー)
これは凄い! 同じ年に同じプロダクションで共通する役者を使ってマルセーユ近郷で撮影された庶民ものながら、ここまで毛色の違う映画もちょっとないのではないか。しかもどちらも鳥肌が立つほどの傑作なのである!
(ちょっとここで休憩)