三日三晩ひどい腹痛に苦しめられ、水分しか摂取できなかったので、体力がどうも覚束ない。
どうしても済ませねばならぬ所用があり、昼過ぎに恐る恐る外出。いざとなったらトイレに駆け込む覚悟である。用事が済んですぐに帰ればよいものを、せっかく都心に来たのだから、と飯田橋で一本だけ映画を観てしまう。いくら病後とはいえ、そのくらいの余力はあるだろう。
ジャン・ルノワール監督作品
この土地は私のもの This Land Is Mine 1943
チャールズ・ロートン+モーリン・オハラ+ジョージ・サンダーズ
東急文化村の展覧会に呼応する形で、日仏学院でも「ルノワール et les autres」とでもいうべき連続上映が続行中である。1996~97年のフィルムセンターでの全作品上映では悔しいことに多くを見逃してしまったので、そのリヴェンジというか、落穂拾い的な意味合いもあって見参。
ほぼ同時期のルビッチュやラングの諸作と同様、反ナチス・キャンペーンとして撮られた純然たるプロパガンダ映画なのであるが、占領下のフランス(?)で小心翼々と生きる小学校教師に扮するチャールズ・ロートンの名演技に溜息をつく。
戦中期のハリウッドで、ルノワールが最も親しくした映画人はクリフォード・オデッツとチャールズ・ロートンだった、という話をどこかで読んだ憶えがある。ロートンはハリウッド時代のブレヒトとも親しく、かの問題作『ガリレオ』は彼のために書き下ろされたのは有名な話だ(初演の舞台映像も無声ながら残っている)。
戦後の「赤狩り」に怖気づき、東独から届いたブレヒトの葬儀への招請状に恐れ慄くことになる生身のロートンの「小心翼々」ぶりを先取りするようで、はなはだ面白い、といったら不謹慎か。
ずっと前に読みさしのまま放置したロートンの評伝がたしか書庫にあるはずなので、いずれ発掘して続きを読むことにしよう。
幸い腹痛や嘔吐に襲われず、つつがなく帰宅。
体調回復を待ち構えていたかのように、倫敦の "Three Oranges" 編集部から拙稿の最終校正が届く。しばらく間を置いたせいか、再読するのがわれながら新鮮。題名をどうするか、とも尋ねられ、しばし思案。この週末を使って、ゆっくり読み直してみよう。