"Pierre Monteux in Boston"
ストラヴィンスキー: バレエ組曲「火の鳥」(1911年版)*
シュトラウス(ロジンスキ編): 組曲「薔薇の騎士」*
フランク: 交響詩「プシュケ」抜粋**
ブラームス: ピアノ協奏曲 第一番***
ストラヴィンスキー: バレエ組曲「プルチネッラ」****
ピエール・モントゥー指揮 ボストン交響楽団
ピアノ/リオン・フライシャー***
1953年4月11日*、54年1月29日**、54年1月28日***、57年1月19日****実況
West Hill Radio Archives WHRA 6012 (2007)
ピエール・モントゥーがボストン交響楽団の常任指揮者を務めたのは1919年から24年まで。さすがにその時期の録音は存在しない。彼の後釜としてボストンに赴任したセルゲイ・クーセヴィツキーは二十五年に及ぶ在任期間中、ただの一度も前任者モントゥーに客演させなかった。なんと了見の狭いことよと呆れるばかりだが、クーセヴィツキーにとってモントゥーは新音楽の紹介者としてパリ時代からのライヴァルであり、できれば最もボストンから遠ざけておきたい男だったのであろう。
四半世紀ぶりにモントゥーをボストンの指揮台に立たせたのは、次のシェフに就任したシャルル・ミュンシュだった。彼はモントゥーのレパートリーが自分とかなり重なるのを知りながら、1951年から毎年のように彼を客演指揮者として迎えたのである。モントゥーはシーズン中の数週間を必ずこの街で過ごし、夏季のタングルウッド音楽祭にも常連として招かれた。本CDに解説を寄せるジョン・カナリーナの言を借りるならば、彼こそはボストン響の「首席客演指揮者」と称さるべき存在だった。当時はそんな称号はまだなかったが。
そんな次第で、1952年にサンフランシスコ交響楽団の常任を退き、完全にフリーとなったモントゥーは少なからぬ正規録音をボストンに残している(リスト「前奏曲」、スクリャービン「法悦の詩」、ドビュッシー「海」「夜想曲」、ストラヴィンスキー「春の祭典」「ペトルーシュカ」、チャイコフスキー「第四」「第五」「第六」ほか)。幸運なことに、当時の定期演奏会やタングルウッドでの夏季演奏会の多くは放送録音として残されており、本当にまだポツリポツリではあるが、モントゥー=ボストンの意気盛んな実況演奏を聴くことができるのは、まことに慶賀なことといわねばならない。
(明後日につづく)