初山滋の甘やかでロマンティックな抒情画がどうしても好きになれない。人はその繊細な色調と流麗な線描を愛でるが、小生は同感できない。あまりにも末梢的な技巧に走りすぎ、挿絵としての躍動感に欠けるし、マンネリズムの気配も濃厚だ。
そう難癖をつけたくなるのは、戦前の初山の画業を垣間見てしまったからかもしれない。前に一度話題にしたが(
→ここ)、彼がふんだんに挿絵を添えた『こども聖書 旧約物語』(1932)の溢れんばかりの創意工夫、スタイルの変幻自在を知ってしまうと、戦後の一連のアンデルセンものなどは、彼にとっては「ほんの手すさび」だったのではないかとすら思えてくる。
上井草の「ちひろ美術館」で「生誕110周年記念 初山滋 大回顧展」を観る。明日が最終日だというので、慌てて駆け込んだ次第なのだが、「大回顧展」とは名ばかりで、百点ほどのこぢんまりした展示でカタログすら刊行されない。ちょっと看板倒れではないか。
展示室に入ると、さっそく小生の忌み嫌う「繊細な色調」と「流麗な線描」のオンパレードで、いささか辟易とさせられる。子供の頃からこの手の淡い色調の夢物語が大嫌いだったのだ。いかにも紙の上の絵空事という気がしてしまう。原画を見せられても、その印象は些かも動かない。
ひとつだけ例外的に感嘆したのは、七十歳で手がけた絵本『もず』(1967)のための多色木版による原画。永年にわたる手業の鍛錬とイメージの蓄積が、この一作を得てものの見事に開花する。そのさまはさながら夜空に炸裂する花火のよう。晩年の初山になおこれだけの力が潜在していたのだ。それを引き出すに足る機会が与えられなかったということか。
戦前の仕事では絵本『たべるトンちゃん』(1937)の原画と、新聞連載『ペコ・ポンポン』(1934)のための原画がそれぞれ秀逸。モノクロの線描がなんともいえず飄逸大胆で、しかも仕事が異様に丁寧。これは途方もない才能だと唸ってしまう。
というわけで、展覧会を観ても小生の初山滋に対するアンビヴァレントな思いは変わらなかった。売店で至光社の絵本『もず』、トムズボックスから最近出た『未明童話集 挿絵集』を買い購めて退散。十年ぶりに歩く上井草はさすがにマンションが増えていたが、まだそこここに畑も残っていて、昔とそんなに変わっていないのが嬉しかった。