西武池袋線は千葉に引っ越すまでは毎日のように利用していたので無性に懐かしい。今日は池袋から二つ目の東長崎で下車。朝の曇天が嘘のような青空だ。住所を頼りに閑静な住宅街を少し歩くと目的のお宅に着く。
今日はここでこぢんまりとしたサロン・コンサートがある。音楽ネットワーク「えん」が主宰するこの演奏会、小生はネットで検索していてたまたま知ったのだが、このグループはもう十五年も活動を続けており、コンサートは今日で通算232回になるのだという。
演奏するのは伊藤朝子さんという。名古屋の若いピアニストだ。彼女は演奏活動の傍ら、大田黒元雄とプロコフィエフの交友にも関心をおもちで、「プロコフィエフの日本滞在と大田黒元雄の功績」を大学での修士論文のテーマに選ばれたのだという。これはぜひお目にかかっておきたいと、今日のコンサートに足を運んだ次第なのである。曲目は以下のとおり。
スカルラッティ: ソナタ 嬰ハ短調 K.247、ニ長調 K.29
シューベルト: 即興曲 作品90 (全四曲)
プロコフィエフ: 束の間の幻影 (全二十曲)
シマノフスキ: 九つの前奏曲 作品1 より 第八、第五、第九番、主題と変奏 作品3
よく練られたプログラムだ。プロコフィエフの「束の間の幻影」は1918年7月7日、作曲者自身が東京の帝国劇場で国外初演した曲であり、それを伊藤さんの演奏で聴くのが楽しみ。邸内の音楽会というありようも、大田黒元雄を偲ぶのに最適の場であろう。
会場となった尾上邸は新築の瀟洒なお住まいで、中央に素晴らしい音楽室が設えられている。天井の高い白く気持ちのよい空間で、ベーゼンドルファーのグランドピアノが置かれている。客席は三十数席だろうか。三々五々お客さんが集まってきて、三時の開演時にはほぼ満席となった。
はじめのスカルラッティではちょっと堅くなっておられた伊藤さんも、二曲目のシューベルトから興に乗られたらしく、中音域をたっぷり響かせる。
休憩を挟んだ後半はさらに素晴らしかった。プロコフィエフのエッセンスを小さな形に封じ込めた「束の間の幻影」もたいそう好もしかったが、最後のシマノフスキの数曲が白眉。あえかな幻想と抒情が音楽室の空間全体を満たし、夢のようなひとときだった。
終演後は椅子を片づけて、演奏者を囲んだ茶話会。シャンパンやワインも供され、和やかな雰囲気が漂う。主宰者の佐伯隆さんが伊藤さんに引き合わせて下さったので、自己紹介がてら、九年前に書いた旧稿(大田黒も登場する)を進呈する。彼女の修論は国会図書館などに足繁く通って纏められたものだという。後日お送り下さるそうなので、拝読するのが楽しみだ。
この会のご常連なのだろうか、大田黒に詳しい方々もおられ、グレインジャーやレオ・オーンスタインの名も飛び出すなど、なかなかに刺激的な集まりだった。最後はみんなで「きよしこの夜」を合唱してお開き。
帰りは池袋のジュンク堂とリブロに立ち寄り、科学書を中心に何冊か選りすぐった。前に買い損なった科学雑誌『大人の科学』の「テルミン」の号が並んでいたので、これも購入。組み立てて鳴らしてみようというのだ。首尾は如何に。
そんなわけで帰宅は九時過ぎ。また雲が出てきて今夜はおぼろ月夜。