年をとったなあとつくづく感じるのは、疲れが遅れてやってきて、じんわり長く尾を引くこと。延々と飲食談笑したのは一昨日なのに、今頃になって眠気やだるさが襲ってきた。今日は一日、ぼうっとしたまま過ぎてしまった。
そんな日だから、車中での読物はぐっと軽めにいこうと、おととい荻窪で手に入れたこの本を鞄に入れた。
和田誠 『いつか聴いた歌』 文春文庫、1996
著者が永年にわたり愛聴してきたスタンダード、あるいはエヴァーグリーンの名曲(おおむねアメリカン)を次から次へと百曲も繰り出して、歌詞内容をざっと記し、ディスクや実演や映画で耳にした名唱を紹介する。
これは先日ここで紹介した村上春樹+和田誠の新刊『村上ソングズ』とよく似た構成の本である。察するに、後者は間違いなく前者を下敷きにして、というか、その発展形として構想されたものとおぼしい。歌詞をしっかり全訳紹介するという後者のポリシーも、この和田の本があってこそ、「それならば歌詞をキチンと載せよう」という形で発想されたのではないか。面白いことに、村上が取り上げた二十七曲と、和田がこの旧著に含めた百曲とでは、重複するものがただの一曲もないのである。
和田のセレクションの多くは小生でも知っている(つまり誰もが馴染んでいる)名曲である。最初の十五曲を挙げてみるとわかる。
「ビギン・ザ・ビギン」「スターダスト」「想い出よありがとう」「シング」「歌わせてくれれば私は幸せ」「マック・ザ・ナイフ」「朝日のようにそっと(さわやかに)」「やさしく歌って」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「天井に踊る」「私の好きなもの」「人生で最高のものは無料」「二人でお茶を」「サマータイム」「イエスタデイ」。
どうです。知っている曲が十曲はあったでしょう。これが和田のこの本をぐっと親しみ易いものにしてくれる。読みながらメロディが耳元に流れるような気がするからだ。随所に素敵な似顔絵が配されていることはいうまでもない。
さっき挙げた十五曲のなかで最も人口に膾炙していないのは、おそらく「人生で最高のものは無料」ではなかろうか。和田は
B・G・デシルヴァ、リュウ・ブラウン、レイ・ヘンダーソンの作詞作曲トリオが27年のミュージカル「グッド・ニュース」のために作った歌である。このミュージカルは二度映画化されているが、日本では観ることができなかった。
とその出自を紹介したうえで、歌詞を手際良く要約する。
月はみんなのもの。人生で最高のものは無料。星もみんなのもの。あなたにも私にも光ってくれる。春の花、歌う鳥、輝く太陽、みんなあなたのもの、私のもの。そして恋も、誰のところにもやってくる。人生で最高のものは無料。
"The Best Things in Life Are Free" という歌。どなたか思い出された方はおられたろうか。これがあの壮絶無残なマラソン・ダンス・ムーヴィ『ひとりぼっちの青春 They Shoot Horses, Don't They?」(1969)のなかで、出場者のひとりの余興として歌われていたことを。唄ったのは女優のボニー・ベデリア。かぼそく調子外れな歌唱が却って哀れを誘い、未だに忘れがたい。