星には明るさに応じて等級がある。
馴染深い琴座のヴェガ(織姫)や鷲座のアルタイル(彦星)、夏の南天に赤く光る蠍座のアンタレスは一等星。これらは文字どおり夜空の「スター」であり、全天に二十しか存在しない。
二等星ともなると、誰もが知る存在は北極星くらいだろうか。北斗七星のうちの六つは二等星。一等星に較べるとかなり暗い。なにしろ一等星は二等星の2.5倍の明るさがあるのだ。
そのあとは三等星、四等星…と次第に光度を減じていき、肉眼で辛うじて見えるのは六等星まで。あとは望遠鏡を覗かない限り、観測はほとんど不可能だ。
天文学者にも星々と同じようなヒエラルキーがある。コペルニクス、ティコ・ブラーエ、ケプラー、ガリレオはさながら輝かしい光芒を放つ一等星。通常の科学史に出てくるのはこれら綺羅星の如き一等星と、せいぜいその周辺に散在する二等星どまりで、それに続く群小学者たちは名前すら言及されないし、その存在すら忘却の彼方だ。まして伝記の出版などは全くあり得ない。
その「あり得ない」ことが起こった。歴史の闇に埋もれ、肉眼では望見できなかったひとりの天文学者の忘れられた生涯と業績に、いわば強力な望遠鏡を向け、その微かな光芒を捉えようとする。そんな稀有な試みがなされたのだ。
ジョージ・ジョンソン 『リーヴィット 宇宙を計る方法』 槇原凛訳、WAVE出版、2007
その女性の名はヘンリエット・スワン・リーヴィットという。誰も知らないだろう。よほど詳しい天文書でないと出くわさない名前だからだ。
リーヴィットは二十五歳の1893年、ハーヴァード大学付属天文台で仕事を始めた。はじめはヴォランティアで、やがて時給二十五セント(!)が支給された。当時、女性には知的職業に就くチャンスはごく限られており、女子大を卒業したリーヴィットはたとえどんな薄給でも、天文学に触れることができる歓びから、全身全霊を捧げて作業に没頭した。
彼女の仕事はいたって地味で単調。大型望遠鏡で夜空を撮影したモノクロ写真を、来る日も来る日も根気強く精査する。
写真は白黒を反転させたネガであり、白地に黒い星影が無数に点在する。星の明るさに応じて黒い点々には大小があり、その大きさをひとつひとつ測定して、数式に当て嵌めてその正確な光度を確定する。何百枚もの写真乾板を一枚ずつ取り出し、微細な点を一個ずつ、虱潰しに記録していく。気の遠くなりそうな作業だ。しかも常に細心な注意を要する。間違いは許されない。
今だったらコンピューターやスキャナーで瞬時に測定・算出できるだろうが、百年前にはそれをすべて人間の目と手が黙々と行うほかなかった。彼女の役職はなんとも皮肉なことに、当時「コンピューター」すなわち計算係と呼ばれていたという。
(明日につづく)