(承前)
ドビュッシーの墓前に捧げた曲集「クロード・ドビュッシーのトンボー」の話の続き。
大作曲家の死に際して、当時の錚々たる面々が献呈した作品集だというのに、これを聴いたという人と会ったためしがない。楽譜が「雑誌附録」という変則的な形で世に出たため、長く流通することができず、程なく忘れられたということなのだろうか。改めて曲目を見渡してみる。
1. ポール・デュカ 「遠く聴こゆ、牧神の嘆き」
2. アルベール・ルーセル 「ミューズたちの歓待」
3. ジャン・フランチェスコ・マリピエロ 「オマージュ」
4. ユージン・グーセンズ 「無題(ドビュッシーを称えて)」
5. ベーラ・バルトーク 「無題(ハンガリー農民歌による即興)」
6. フローラン・シュミット 「そしてパンは月光を浴びた麦畑のなかに横たわる」
7. イーゴリ・ストラヴィンスキー 「ドビュッシーに捧げた木管のための交響曲の断章」
8. モーリス・ラヴェル 「ヴァイオリンとチェロの二重奏」
9. マヌエル・デ・ファリャ 「賛歌」
10. エリック・サティ 「私にとってあの谷々は…」(詞/ラマルティーヌ)
1. から7. まではピアノ独奏曲。ところが8. のラヴェルは弦楽二重奏、9. のファリャはギター独奏曲、10. のサティに至っては女声独唱曲(ピアノ伴奏)であり、これを一夜のプログラムに組み込むのはちょっと躊躇われる。まあ、そんな事情も絡んでいたかもしれない。
ともあれ、ごく最近までこの曲集全体を聴く機会は皆無だった。ただし、デュカやルーセルのピアノ曲は単独で取り上げられ、各人の作品を集めたCDアルバムにも収められている。ファリャのギター曲も演奏される機会がそこそこある。既存の曲の焼き直しであるストラヴィンスキーは別として、ラヴェルの二重奏はのちに「ヴァイオリンとチェロのためのソナタ」の一楽章に組み込まれたし、バルトークやフローラン・シュミットの曲も同様に、やがて別の作品の一部分になった。
管見の限りでは、この曲集がはじめて録音されたのは1990年のこと。マリー・カトリーヌ・ジローが弾いた「フランス・ピアノ秘曲集」とでも呼ぶべきアルバムに収録されていた(仏Opes 3D 8005)。ただし、ここではデュカからシュミットまでの六曲が収められただけの尻切れ蜻蛉。そのまま棚の奥深くにしまい込んで忘れてしまった。
ところがたまたま十日ほど前、アンドレイ・カスパロフ Andrey Kasparov という未知のロシア人ピアニストが弾いた「ドビュッシーの墓」が、同種の曲集「フォーレを讃えて」と併せてCD化されていることに気づいた。"Hommages Musicaux" というアルバムである(米Albany TROY 922)。取り寄せてみると、果たして十曲すべてが演奏された完全版だった。後半の四曲ではヴァイオリン、チェロ、ギター、メゾソプラノが指定どおりに登場して曲を締め括る。
この手の「オマージュ」音楽ではしばしば被献呈者の名のアルファベットを音名に読み替え、それを主題とすることが多いのだが、「ドビュッシーの墓」ではそうした約束事に頼らず、各作曲家に制約なく自由に曲を創らせている。楽器編成の不統一もそれ故であろう。
オマージュの方法は、だから各人各様である。曲中で明瞭にドビュッシーからの引用がなされるのはデュカとファリャの二曲。デュカの「遠く聴こゆ、牧神の嘆き」では「牧神の午後への前奏曲」の誰もが知るあの半音階的な主題を少し変形して用い、それが繰り返し遠く悲しげに響く、という構成。ファリャはといえば、ドビュッシーがスペインを霊感源としたピアノ曲「グラナダの夕暮」の一節を巧みに組み込んで、亡き巨匠に「目配せ」している。
どれも数分(最長で六分足らず)の掌篇ばかりだが、さすがに真情の滲み出る楽曲となったのは、誰もがドビュッシーへの敬意と恩義を痛いほど感じていたからだろう。
最も短いのは最後のサティの歌曲。たった十二小節、演奏時間は一分とちょっとしかない。とはいうものの、晩年のドビュッシーと些細な理由で諍い、絶交してしまったサティだったから、短いながらこうしてオマージュの列に加わっただけでも多とすべきなのだ。旧友同士を何とか和解させたいと願った企画者の心遣いが滲み出ている。
ようやく全曲を聴くことができた。思えば四十年来、ずっとそれを密かに待ち望んでいた。
このような楽譜集が刊行されたことをはじめて知ったのは1967年秋のことだった。
上野の国立西洋美術館で催された日本初の「デュフィ回顧展」。そこで小生の幼い好奇心を最もかきたてたのが、ほかならぬこの「ドビュッシーの墓」のための表紙絵(リトグラフ)だったのである。
ここは海と小高い丘を遠望する浜辺のような場所。遠くに夕陽が沈みつつある。
前景に大きく描かれているのは、背の低い石造りの記念碑。つまりこれが「ドビュッシーの墓」なのだ。上辺に TOMBEAU DE CLAUDE DEBUSSY とある。墓石の傍には古代ギリシアの衣裳をつけた女性がひとり。ニンフなのか、それともミューズなのか。
彼女は手に石墨(?)を持ち、墓碑に夥しい文字を書き綴っているところだ。Bela Bartok, Paul Dukas, Manuel de Falla, Eugene Goossens, G. Francesco Malipiero, Maurice Ravel, Albert Roussel, Florent Schmitt, Erik Satie, Igor Strawinski とそこまで書いて、彼女は首を傾け、物思いに沈む…。
この楽譜集の現物が先日ヴィースバーデンの古書店から届いた。
ちょっと値が張ったのだが、ええい、ままよ、五十五歳の誕生日なのだからと、思いきって注文した。四十年ぶりで実見したデュフィの表紙絵。お目にかけたいのは山々なのだが、ネット上にその画像が見当たらない…。
ようやく見つけた。
→ここをクリックし、開いた画面でpage「13」と入力し、「go」をクリック。現れた画面の上から数えて十番目の画像を拡大してどうか観てほしい。素敵ですよ。