台風はじりじりと北上を続けているようだ。風も強まってきた。今日は外出を控えて静かに音楽でも聴こう。
一昨日、新宿のディスクユニオンにて嘘のような安価で見つけたDVD+CD二枚組を視聴してみよう。フランスの女性ピアニスト、イヴォンヌ・ルフェビュールの歿後二十年を記念する "Une leçon de vie" というカートン入りアルバムだ(Solistice SODVD 02)。珍しい写真入りのブックレットが附く。
イヴォンヌ・ルフェビュール Yvonne Lefébure(1898-1986)は若き日にパリ音楽院で校長のフォーレの謦咳に接し、アルフレッド・コルトーにピアノ演奏を、モーリス・エマニュエルに音楽史を学んだ。その傍ら、同時代のラヴェル、デュカらと親交を深め、個々の作品解釈について貴重な示唆を得た。ソリストとしても永く活躍したが、むしろパリのエコール・ノルマル、欧州音楽院でのピアノ指導を通じて多くの弟子を育てた功績で知られる。門下生にはディヌ・リパッティ、サンソン・フランソワ、カトリーヌ・コラール、ミシェル・レヴィナスらがいる。
ルフェビュールの名は、大昔のフルトヴェングラーとの共演盤(モーツァルトの協奏曲)を除けば、1980年頃に手にしたラヴェルのLPアルバムで初めて知ったのだと思う。「クープランの墓」「水の戯れ」「マ・メール・ロワ」「優雅で感傷的な円舞曲」を表裏に収めた日本盤(RCAビクター)で、三浦淳史さんが解説を書いておられた。そのときのキッパリ直截な、強靭ですらある演奏が印象に残ったのだ。
彼女はそのあと八十代の高齢ながら、ゆかりのフォーレ、ドビュッシー、デュカ、エマニュエルらの楽曲のほか、バッハ、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンなど独墺系のレパートリーを中心に、十枚以上のCDを録音してくれた。さすがに来日は叶わなかったが、仏人には珍しく骨太で逞しい音楽を聴かせるピアニストだった。同じ女性というならハンガリーのアニー・フィッシャーに近い存在かもしれない。
彼女の演奏する姿は、五、六年前に日仏学院の上映会で一時間もののTV映像として観る機会があった。今度のDVDもそれと同内容かと思いきや、まるきり違っていた。パリのアーカイヴに残されたさまざまな映像資料を駆使した、全長160分もの堂々たる作品だったのである。
内容はおそらく1960年代から80年代にかけてとおぼしいスタジオ収録の演奏で、ベートーヴェンの第31番ソナタやバッハ(リスト編)の前奏曲とフーガ、シューマンとラヴェルの協奏曲の一部などが視聴できる。それにも増して興味深いのは、彼女が弟子たちにレッスンを授ける場面。とにかく雄弁に情熱的に語り続ける。火山が噴火するような熱い気迫に押されて、どの門下生もほとんど言葉が返せない。彼女のもとには世界じゅうから学生が集まったらしく、この映像のなかでもブラジル、コロンビアの男性、それに日本人とおぼしき女性にレッスンする場面が映る。
感動的だったのはコロンビア人の門下生のわびしい練習部屋を訪れて、励ましながら一緒にラヴェルの協奏曲を二台ピアノで合奏するシーン。ルフェビュールは彼が卒業後もずっと目をかけてレッスンを続けていたのだという。よくこんな映像が残っていたものだと思う。
晴れがましいのは、教え子でピアニストとして世に出たカトリーヌ・コラール、ジェルサンド・ド・サブラン、クリスティーヌ・ド・ヴォギュエとともにバッハの四台のピアノのための協奏曲を演奏する場面(1977)。かつての女弟子三人が揃って恩師のピアノを温かく支えるのが、観ていて微笑ましかった。そのなかのカトリーヌ・コラールがまだ十代の頃、ルフェビュールの紹介で登場し、ドビュッシーの練習曲(だと思う)を達者に弾くモノクロ映像もあった。1965年の収録だというから、コラールは芳紀十八歳。ルフェビュールはコラールの将来の大成を疑わなかったろうが、彼女は癌のため四十代半ばで師のあとを追うように早逝してしまった。
ともあれ、高名なスター・ピアニストならざるルフェビュールのような存在に、かくも鄭重にして見応えのある映像オマージュが捧げられたという事実に何よりも心打たれる。翻ってわが日本では、たとえば安川加壽子や巖本眞理や、(これは声楽家だが)古澤淑子のような先達に対し、この種の番組や映像作品が献じられた例が果たしてあっただろうか。
もっとも、そのためにはまず、フランスの INA(国立視聴覚研究所)のような音声映像アーカイヴが完備していなければ話にならない。過去の偉大な芸術家に思いを馳せようとしても、偲ぶよすがが何ひとつ残されていない、というのでは余りにも悲しすぎはしないか。