(承前)
近年、少なくとも日本では、バーナード・ショーの芝居が上演される機会は稀である。『ピグメイリオン』も例外ではない。幸いなことに、この戯曲は倉橋健の翻訳が出ているので手軽に読むことができる(『ベスト・オブ・ショー:人と超人/ピグマリオン』白水社、1993)。
通読して明らかになるのは、ラーナー&ロウのミュージカル『マイ・フェア・レディ』(とその映画版)は、大枠のストーリーばかりでなく、台詞に関してはその細部に到るまで、ショーの原作を最大限に尊重し、多くを忠実に踏襲しているという事実だ。
一例を挙げてみよう。第ニ幕「ウィンポール街にあるヒギンズ教授の実験室」、前夜コヴェント・ガーデンで偶然行き逢った花売り娘イライザが教授を訪ねる場面。彼女は精一杯おめかしして、会話のレッスンを頼みにきたのである。まずショーの『ピグマリオン』邦訳から引く。
ヒギンズ (彼女を一目みると、あきらかに失望の色をあらわし、すぐに赤ん坊のように、もはや一刻も我慢がならんというように、ぶっきらぼうに)
なんだ、ゆうべの花売娘か。こいつに用はない。リスン・グローブなまりはもうみんな、書きとってしまった。蝋管一本がむだだ。(娘に)
さ、出ていった、お前には用はない。
花売娘 へん、失礼しちゃうよ。ほんとに。なんの用かききもしねえで。(戸口のところで指示を待っているピアス夫人に)
おばちゃんよ、あたいがタクシーでのりつけたってこと、言ってくれたかい?
ピアス夫人 ふん、ばかばかしい! お前がなんでこようと、先生のようなかたの知ったことじゃないでしょ!
花売娘 へん、あたいはエラいんだ! このひと、まさか教えるのがいやだってんじゃあるめえな。そうさ、自分で言っていたもん。あたいはなにも物もらいにきたんじゃねえよ。金がたりなきゃ、よそへいくまでだ。
ヒギンズ たりない、なにが?
花売娘 おめえに払うぶんよ。どうだい、わかったろ? あたいは習いにきたのさ、そうさ。おアシは払うよ、まちがいなくね。
ミュージカルではこの場面は「第一幕第三場」に該当する。アラン・ジェイ・ラーナーの台本をみてみよう。引用はペンギン・ブックス版の "My Fair Lady" (1959初版)から。手元にあるのは1977年の第十版である。
HIGGINS [
brusquely, recognizing her with unconcealed disappointment, and at once, babylike, making an intolerable grievanse of it ]:
Why, this is the girl I jotted down last night. She's no use: I've got all the records I want of the Lisson Grove lingo, and I'm not going to waste another cylinder on it. [
To the girl ]
Be off with you: I don't want you.
ELIZA:
Don't be so saucy. You ain't heard what I come for yet. [
To MRS PEARCE,
who is waiting at the door for further instructions.]
Did you tell him I come in a taxi?
MRS PEARCE:
Nonsense, girl! What do you think a gentleman like Mr Higgins cares what you came in?
ELIZA:
Oh, we are proud! He ain't above giving lessons, not him: I heard him say so. Well, I ain't come here to ask for any compliment; if my money's not good enough I can go elsewhere.
HIGGINS:
Good enough for what?
ELIZA:
Good enough for ye-oo. Now you know, don't you? I'm come to have lessons, I am. And to pay for 'em too: make no mistake.
おわかりいただけたろうか。両者はまるで瓜ふたつなのである。ト書きに至るまでそっくりだ。
(7月30日につづく)