毎日毎日、夥しい量の新刊書が送り出され、ほんのひととき取り沙汰されただけで、たちまち過去のものとなっていく。書評に取り上げられる頃にはもう、書店の棚から姿を消していることもしばしば。そもそもちゃんと配本されているのかさえ疑問なのだ。
こうなると、そんな本が刊行されたことすら気づかないというケースもざら。存在を知った頃にはもはや品切、そして絶版。だからこそ、図書館や古本屋の存在意義が改めて浮上するのであるが。
今日ご紹介する本も、迂闊にも新刊のとき全く気づかなかった。
その後もずいぶん注意して古書店の棚を探すのだが、悔しいことに一度も遭遇できない。つい最近の本なのに不思議なことだ。よほど刊行部数が少なかったのか、買った人が大切にして手放さないのか。おそらくその両方なのだろう。
仕方がない、万策尽きたと観念して、こないだの日曜日、隣町の図書館から借りてきた。
ダイアナ・ボストン著、林望訳 『ボストン夫人のパッチワーク』 平凡社、2000
標題の「ボストン夫人」、そして訳者のリンボウ先生の組み合わせに、ピンときた方もおられよう。このボストン夫人とは、もちろん英国の児童文学者ルーシー・M・ボストン Lucy Maria Boston のことである。六十歳を過ぎてから子供の本を書き始め、古い屋敷をめぐる美しいファンタジー「グリーン・ノウ」六部作(1954-76)や忘れがたい自叙伝を遺した女性である。
林望さんはまだ駈け出し研究者時代の1984年、日本古典書籍の目録作製のためケンブリッジ大学に赴いたとき、全くの偶然から、何も知らずにボストン夫人の館(マナー・ハウスという)に下宿人として住みついた。この「何も知らずに」というのがミソである。いかにも古そうなお屋敷だなあ、と思ったものの(何しろ12世紀の領主館なのだ)、その女あるじが高名な児童文学者であるとは露知らず、ただ「異国から来た下宿人」と「親切な大家のお婆さん」というだけの間柄で親しくなった。
この驚くべき出逢い、というか不思議な縁(えにし)については、彼の二冊目の本『イギリスは愉快だ』(平凡社、1991)に、事の次第が詳しく語られている。
本書はボストン夫人が九十七歳で長逝されてから、その長男の嫁にあたるダイアナ・ボストンによって書かれた、というか、むしろ写真集として編まれた、といったほうがふさわしい美しい一冊である。そこで取り上げられるのは、夫人が自らの楽しみとして永年取り組んだパッチワーク。豊富なカラー写真によって、夫人の知られざる手仕事が初めて明かされる。
(明日につづく)