昨日に引き続き、電車の行き帰り用に買った文庫本をご紹介する。
ホイットマン、飯野友幸訳 『おれにはアメリカの歌声が聴こえる』 光文社古典新訳文庫、2007えらく大きく構えたタイトルだが、要するにこれは詩集『草の葉』の新訳である。ただしハンディな薄さからも明らかなように、これは抄訳、しかも長詩は抜粋してある。でも、そのほうが助かる。岩波文庫の完全訳三冊を読み通すのは容易ではないから。
ホイットマンはおおらかで自信満々、自ら恃む気持ちが異常に強くて、傍にいたらなんとも鼻持ちならぬ、居たたまれないような男だ。武者小路実篤といい勝負かもしれない。
初めての詩集を自費出版したのが1855年、三十六歳のとき。
その後、1856年、1860年、1867年、1871年、1881年と詩集を出しているが、タイトルは全部『草の葉 Leaves of Grass』 。つまり彼はこの詩集の増補改訂に人生を捧げた「生涯一詩集」の詩人だったのだ。1892年、七十二で息を引き取る間際に出た最終版は、「死の床版」と呼ばれているそうな。
今回の翻訳はまことにリズミカルで明快。しかも巻末には全部の詩の英語テクストも収められているので、原詩に触れてみる楽しみもたっぷり。もともとホイットマンの詩は平易な英語で語られ、韻も踏まない自由詩なので、理屈抜きですらすら辿れてしまう。
訳者は今回、詩人の一人称を三種類に訳し分けた。すなわち、三十代までは「おれ」、中年になると「ぼく」、老境に入ると「わたし」。この工夫は功を奏したようで、血気盛んな若造が時と共に老成していくさまが彷彿とするようで面白いと思った。
小生がいちばん好きなホイットマンは、大海原を謳った詩篇の数々だ。
とりわけ "Out of the Cradle Endlessly Rocking"(1859)という詩。この訳書では「揺れやまぬゆりかごから」と題される。訳者の手短な要約を引こう。
少年が浜辺でつがいの鳥の別離に遭遇し、それを通して死、そして生の意味に目覚める過程を描いた、いわば通過儀礼の詩。ポーマノック(ロング・アイランドを意味するアメリカ先住民の言葉)を舞台に、自伝的な色合いも濃い。[…]ホイットマンの詩には珍しく、複数の声(語り手の少年と鳥)を組み合わせて、劇的な構成を作り上げる。今日はここまで。次回はこの詩を含め、ホイットマン詩集に触発された音楽についても書いてみよう。
(明日につづく)