だいぶ前になるが、四方田犬彦の回想的評伝「先生とわたし」にちなんで、その「先生」こと英文学者・由良君美(ゆら・きみよし/1929-1990)のことを簡単に紹介した(→
ここ)。
由良先生の驚異的な読書量と博識ぶりは四方田の文章にも縷々語られていたが、小生は直接その謦咳に接したことはなく、著作もなんだか衒学的で難しく、途中で放り出した記憶しかなかったので、それ以上は詳しく触れなかった。
先日わが書庫を掻き回していたら、ずいぶん昔に買って「途中で放り出した」ままになっていた由良のエッセイ集が出てきたので、改めてきちんと再読してみた。いや、これはほとんど初読といってよい。
由良君美 『みみずく偏書記』 青土社、1983
これは『図書新聞』に連載された「読書狂言綺語抄」を中心に、さまざまな紙誌に寄稿した「軽い」書物エッセイを集めたもの。「軽い」といったのは、あくまでも著者の学識の重厚さに比して「軽い」のであり、凡百の随筆に比べれば申し分なく重たい。軽妙洒脱な筆致ながら、その内容を完全に理解し受け止める読者は少なかろう。かつて中途で脱落した小生だが、今回は最後まで頑張って読み通した。
再読してよかった。今回もまるで歯が立たない章もあったが、それでも「アーネスト・フェノロサと漢字美学」や「郡虎彦讃美」や、動物磁気説を論じた「メスメリズム断章」など、充分に了解でき、共感できる数篇を発見できたのは嬉しかった。由良はやはり端倪すべからざる先見の目利きだったのだ、と今更のように三嘆。
このあと由良君美は同じ青土社から同工のエッセイ集『みみずく古本市』『みみずく英学塾』、沖積舎から『読書狂言綺語抄』を出した。いずれも背後に厖大な学殖を感じさせる好著と評されようが、畢生の大著と呼べる代表作を一冊も遺さぬまま六十一歳で急逝した。
本書のあとがき(「あと智恵の弁」)で、由良は「一つのテーマをたてて始めから書きおろすフルレングスの本は、六十歳を過ぎてからにするつもり」と悠然と構えていたが、その彼に「老後」はついに訪れなかったのだ。