日本じゅうで数え切れないほどの展覧会が開催され、そしてはかなく消えていく。歴史に名を残し、後々まで人々の記憶にとどめられるものはごく少数だ。
今日はそうした「数少ない」部類の展覧会を観た。この展覧会も明日までなので、お奨めしてもどなたも観に行けないかもしれないが、あえて紹介したい。「二人のクローデル展 Camille et Paul」がそれである。開催地が埼玉県川口市なので、案外と東京人の視野の外にあって、小生もついこの間
foggykaoru さんのサイトでようやく知った次第。間に合ってよかった。見逃したらきっと悔やんだろう。
会場はJR川口駅近くの「川口市立アートギャラリー・アトリア」と「旧田中家住宅」の二箇所に分かれているというので、まず武蔵野線と埼玉高速鉄道を乗り継いで川口元郷駅下車、徒歩七、八分の「旧田中家住宅」へ。大昔、埼玉に住んでいた頃、この界隈はバスでしょっちゅう通ったのだが、ここにこんな煉瓦づくりの立派な邸宅があるとは知らなかった。材木商と味噌製造で財を成した田中徳兵衛氏がここに三階建ての洋館を建てたのは1923年。奇しくも詩人ポール・クローデルがフランス大使として東京に在任中のことだ。
入口で靴を脱いで入ると、内部も本格的な造りだ。生前の田中氏の豪勢な暮らしが偲ばれる。部屋部屋にはポールの姉カミーユ・クローデルのブロンズ彫刻がそこここに点在する。ガラス・ケースなしに、まるでインテリアのような恰好で置かれている。カミーユの彫刻はこうして生活空間のなかで眺めるのが実に似つかわしい。名高い『分別盛り』『ワルツ』などは複数のヴァージョンが並ぶほか、北斎の影響が顕著な『波』のような珍しい作品も。ほとんどの出品作はクローデル家のコレクションなのだとか。部屋を行きつ戻りつし、飽かず眺める。
三階まで上がると、そこだけ和室になっていて、畳敷きにブロンズ像の不思議な取り合わせがたいそう面白い。床の間をふと見ると、竹内栖鳳の鼠の墨絵にクローデルが即興で賛を添えた掛軸がさりげなく掛かっている。う~む、なんという贅沢な展示であることか。
一時間に一本の割りで出るシャトルバスまでちょっと間があるので、日本庭園をゆっくり散歩。かつてはここに味噌蔵が建っていたとのこと。ヴォランティアの方が懇切に建物の由来を説明して下さった。しばしうっとりと外観を眺める。至福のひとときだ。
一時半発のバスで十五分ほど市街地を走ると、もとサッポロビールの工場があった芝生敷きの公園に到着。ここに昨年できたのが「川口市民アートギャラリー・アトリア ATLIA」だ。シンプルで開放的な気持ちのよい展示空間。川口市民が羨ましい。
ここではカミーユ畢生の大作『シャクンタラー』に圧倒される。そのほか小品彫像の数々が整然と並ぶさまが美しい。神経の行き届いた展示にここでも感心。
壁を隔てた隣室では「ポール・クローデルと日本」のテーマ展示。日本人との合作になる詩画集『四風帖』『百扇帖』『雉橋集』やら、詩集『聖ジュヌヴィエーヴ』をほれぼれ見とれ、小柴錦侍の描いた油絵のクローデル肖像(1926)の前でしばし佇む。
二時半からはクローデルが日本で書いて初演した詩劇『女とその影』(1923)の復活上演(『女と影』 2005年、早稲田大学大隈講堂、中村福助演出・主演)のヴィデオをじっくり鑑賞。実演を見逃し、BSの「歌舞伎チャンネル」も見落として悔しい思いをしていたので、ここで観られたのは嬉しいし、ありがたい(ただし、上演自体にはいろいろ問題があり、感心しない出来映えだ)。
昼食抜きだったので「アトリア」内のカフェで紅茶とケーキをいただく。地元のプラ シャルルー Plat Chaleureux というお店だが、美味しいし、サーヴィスも感じがよく、これもお奨め。
そろそろ日が傾いてきたので川口駅までのんびり歩き、そこからJRを乗り継いで帰宅。天候にも恵まれ、滅多にない充実した一日だった。もと埼玉人としてちょっぴり誇らしい一日でもあった。
そうそう、書き落としていたが、本展のカタログ『二人のクローデル』は、互いに交わるところが少ない姉弟の芸術を巧みに関連づけて読み応え充分、作品解説も懇切丁寧にして頗る有用。展覧会カタログたるもの、かくありたいものだ。