夕方になっても雨は一向に止む気配がない。
表を歩くのは気が進まないが、今週から来週にかけて春の展覧会が軒並み終了してしまうので、慌てて出向く。こんな天気だが致し方あるまい。
飯田橋から傘をさしてとぼとぼ歩く。途中に立ち寄った古びた煙草屋で両切りのバットをカートンで購入。なおもてくてく歩いて印刷博物館へ。「美人のつくりかた」という展覧会を観る。
明治から昭和初年にかけて星の数ほど作られた「美人ポスター」は、すでにさまざまな機会で目にしている。むしろその手の展覧会の定番といってもよい。だが今回の企画はそうした凡百の展示とはまるで異なる。「石版から始まる広告ポスター」と副題にもあるように、石版からジンク版、そしてオフセットへと進化する印刷技術に徹底的にこだわって、モノとして、印刷物としてのポスターがどのように制作されていったか、技術の変遷や印刷所の役割について、わかり易く、痒いところに手の届く懇切な展示を成し遂げた、画期的な展覧会である。
石版画=リトグラフというが、その当時、実際に版に用いられた分厚い石灰石の存在感に目をみはる。
美人ポスターの原画(油絵)がどれほどの忠実度で石版に写されたか、両者の比較も面白い。
原画を新たに撮影し、分解版を起こし、実際にジンク版にして刷ってみるという試みも興味津々だ。会場に置かれた巨大な製版用カメラに驚かされる。
もちろん百数十点のポスターのなかで婉然と微笑む美人たちも魅力的だが、それ以上に当時の職人芸の凄さや印刷技術の素晴らしさ(つまりそれが美人の「つくりかた」なのですね)にこそ目を奪われる。
さすが印刷博物館、さすが凸版印刷だ。家人を誘ってでももう一度出かけたい。六月三日まで。
まだ雨は止まない。ついでとばかりに飯田橋から竹橋へ出て、東京国立近代美術館の「靉光展」へ。金曜日は夜間開館で八時まで開いている。
靉光(あいみつ)は若い頃には心惹かれ、ずいぶん熱心に観た。そのぶん、再会すると白けた気分になってしまうのは、以前ここで取り上げたジャコメッティと同断だろう。1979年に新宿のデパートで大掛かりな回顧展を観て以来、久々の展観なのだが、昔のように「軍国主義に逆らった抵抗の画家」と持ち上げる風潮は影を潜め、等身大の画家の実像に迫ろうというのが今回の企てのようだ。その趣旨はわかるのだが、会場でパネル解説を拾い読みした限りでは、個々の作品の解読がまるで進んでおらず、「…のようにもみえる」「…といえるかもしれない」といった隔靴掻痒の記述ばかり目につく。要するにわからない、ということなのだろう。
ほとんどの作品は二十八年ぶりの再会だが、あのときの感動は甦らない。小生も「抵抗の画家」神話を信じていたからだろう。
この展覧会は5月27日まで。あと残すところ二日しかない。
千葉に帰りついてもまだ雨。明日も展覧会が控えているが、晴れてくれるといいな。