これも温暖化のせいなのか、日中は汗ばむ陽気だった。七月中旬の暑さだという。帰り道、夕暮時に公園を通りがかったら、蛙の鳴き声がかまびすしい。
ヴェランダに蒔いた朝顔の種がつぎつぎに発芽し、プランターが過密状態になりそうだ。今週末にでも別の植木鉢に移植して、なるべく多くの苗が育つように工夫しなくては。
今日も東京との間を行き来したので、車中ではCDをかけながら読書。
聴いたのは昨日手に入れたクラリネット協奏曲集。ティエリー・フィッシャーの繊細な指揮に惚れ惚れする。
読んだのは吉田秀和のエッセイ集『物には決ったよさはなく……』(読売新聞社、1999)。これも昨日ディスクユニオンで安く買った。
刊行年度が新しいわりに、執筆は1970年から98年までとさまざま。内容もCDのライナーノーツから雑誌に載った文明批評、日本人論、セザンヌ論と多岐にわたる。ちょっと落穂拾い的な著作であるが、三本あるグレン・グールド論はどれも正鵠を射た見事な出来。
それに比して、セザンヌ論は文章が空回りしていただけない。昔から吉田さんの美術論はこんな調子でさっぱり要領を得なかった。これが小林秀雄だったらハッタリとヤマ勘で切り抜けるところを、彼は誠実に言葉を重ねようとするから、論旨がすっきり通らないのである。
やはり吉田秀和は徹頭徹尾「耳の人」なのだ。
今夜は夜更しせず、寝床でアーサー・ランサムの続きを読もう。