ヴェランダに出てみたらプランターの朝顔がもう双葉を出している。あっちでもこっちでも。楽しみだなあ。
今日も用事で東京へ出た。
気持ちのよい夕方なので、矢来町から袋町を抜けて飯田橋までぶらぶら歩く。ホントはここで珈琲が飲みたいところだが、贔屓にしていた店は残念ながら閉店してしまった。
夕空が美しいのでさらに御茶ノ水まで歩き、性懲りもなくディスクユニオンへ。
マーラー: リュッケルトの五つの歌
ヘンデル: "E vivo ancora... Scherza infida" "As with rosy step"
ピーター・リーバーソン: リルケの五つの歌 より ほか
メゾソプラノ/ロレイン・ハント・リーバーソン
ピアノ/ロジャー・ヴィニョルズ
Wigmore Hall Live WHLive 0013
*作曲家リーバーソンの妻で惜しくも癌で早世したメゾソプラノ。1998年11月、英京ウィグモア・ホールでのリサイタル実況だ。同ホールが発売しているライヴ・シリーズはトマス・アレン、フェリシティ・ロット、ジョイス・ディドナート、ソイレ・イソコスキ…といずれも外れなし。期待しよう。
ホルスト: セント・ポール組曲
アルビノーニ(伝): アダージョ
ウォーロック: カプリオール組曲
パッヘルベル: カノン
グリーグ: ホルベルク組曲
バーバー: 弦楽のためのアダージョ
ウィリアム・ボートン指揮 イングリッシュ・ストリング・オーケストラ
Nimbus NIM 5032
*楽しめそうな選曲なので。この面々の演奏ではエルガー、RVW、ブリテンがなかなかの名演だった。1986年録音。
モーツァルト: クラリネット協奏曲
コープランド: クラリネット協奏曲
リヒャルト・シュトラウス: クラリネットとファゴットの二重協奏曲
クラリネット/リチャード・ホズフォード
ファゴット/マシュー・ウィルキー
ティエリー・フィッシャー指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団
Coe Records CD COE 811
*1988/89録音の再発盤。注目の指揮者T・フィッシャー初期の演奏ということで楽しみ。
ついでに音楽書の棚をみたら、こんな書物が安価で出ていた。
高田博厚 『私の音楽ノート』 音楽之友社、1973
著者は長年フランスで暮らした彫刻家。ロマン・ロランの翻訳で知られる。大昔、この人の訳した『ジャン・クリストフ』をあまりの退屈さで投げ出した悪しき想い出がある。片山敏彦、尾崎喜八と並んで小生が最も苦手とする人物のひとりである。
なのにこれを手に取ったのは、斉諧生さんが「この本にポール・パレーのことが出てきますよ」と教えて下さったからだ(→
音盤狂日録)。
1931年からパリに住んだ高田は、パレーやミュンシュやカザルスやランドフスカを間近に聴き、マニュエル・ロザンタルと親しく付き合ったのだという。「ポール・パレーとシャルル・ミュンシュ」という小文の冒頭を引く。
ポール・パレーが指揮していた頃のコンセル・コロンヌはパリに五つあった管弦楽団でもいちばんよかった。私もフランスに着いたばかりで、じかに演奏を聴くのは生理的な熱情となり、食事の金を節約しても借金しても出かけた。[…]一フラン五十サンティム払って、あのだだっぴろくて汚いシャトレ座の五階の天井桟敷(ブーライエ)まで馳け上った頃が、いちばんすばらしい音楽を聴いたような気がする。ことに「第九」の時には、すこし背のこごんだ長身のパレーが、バトンを振りながら自分も合唱する。熱情がこちらにも伝ってきて身ぶるいする。楽団の席も見えないような高い天井桟敷にぎっしり立って聴いている者のほうが、下の高い席に着飾って坐っている連中よりは音楽を愛する。私と肩をすり合わせ、口を少し開け遠いところを大きい眼で見ほうけていた、ベレ帽と雨がっぱの女学生の顔は実に美しかった。その後シャトレ座に行く度に、今度は私もちゃんとした身なりをして下の高い席に坐るのだったが、天井を仰ぐとまだあの少女が立って聴いているような気がした。
パリがドイツに占領されても、パレーはコンセル・コロンヌの指揮を続けていた。はじめ丁寧で寛大だったドイツもだんだん牙を現わしだし、ユダヤ人を圧迫し捕えはじめた。コロンヌの第一ヴァイオリンの末席にもう齢とったユダヤ人がひとりいた。これもドイツの命令で追放されなければならなかった。パレーは「第五」を演奏することに決め、その日はこのユダヤ人に第一ヴァイオリンのトップを命じた。すぐ分かったユダヤ人は涙を流して感動し一生懸命に弾いた。演奏が終わって団員は立ち上って彼に拍手をつづけた。事情を知らない聴衆はなんだろうと不思議に思った。翌日ユダヤ人は捕われて去った。その日パレーは辞表を出して引退した。
この一節が読めるだけでも本書は値千金である。