予報どおりの雨降り。家人の実家を訪ねる計画もあったのだが、それも取りやめた。
連休中ずっと休んでいた近所の図書館が今日は開いているというので立ち寄ってみる。大して読みたい本もなく、そのまま帰ろうとしたが、ふと子供の本のコーナーを覗いてみて、「アーサー・ランサム全集」全12巻が揃っていることに気づく。
今年はアーサー・ランサムの歿後40年であるとともに、この岩波版の全集が刊行されてちょうど40年目にも当たっている。
そんなにも経ってしまったのか…と溜息。その少し前、中学校の図書室で「ナルニア国ものがたり」に遭遇して心を奪われた小生は、1967年6月から刊行の始まった「アーサー・ランサム全集」を毎月一冊ずつ、配本と同時に買い求めた。わざわざ埼玉の片田舎から神田神保町の岩波書籍販売「信山社」まで買い出しに赴いたのを思い出す。
もともと八歳下の妹の読書指南という名目だったのだが、妹よりもまず自分がこのランサム・サガ(こう総称するらしい)のすがすがしい魅力の虜となった。
英国の少年少女が休暇ごとに湖沼地方に集い、ヨットを帆走し、テントを張って、心躍る冒険を繰り広げる。日本の片田舎の少年にとっては何もかも羨ましく感じるばかりだったが、子供たちが自由を謳歌しつつ、おのずとデモクラティックな友情や規律や同情心や正義感を育んでいくさまがいかにも好ましく思われ、「こんな物語、これまでに読んだことがなかったなあ」と賛嘆したものだった。
それから幾星霜を経て、ボケが進む前にもう一度ランサム・サガを読み返したいと念じていた。40年前の全集は疾うに妹の子供たちの蔵書となってしまい、小生の手許には1980年頃に神保町の東京泰文社で買い揃えたパフィン・ブックス版しかない。頑張って毎月一冊ずつ原書で読破しよう、と密かに決めていたのだが、こうして図書館で昔とおんなじ装丁の岩波版を手にすると、途端に決意が揺らいでしまい、結局まずは五冊まとめて借り出した。
1. ツバメ号とアマゾン号/1967年6月19日(初版発行日)
2.ツバメの谷/1967年7月18日
3.ヤマネコ号の冒険/1968年6月18日
4.長い冬休み/1967年8月18日
5.オオバンクラブの無法者/1967年9月18日
さっそく「ツバメ号とアマゾン号」を読む。
開巻一番、年少のロジャ少年が自らヨットになったつもりで丘の斜面をジグザグ「間切って」駆け下りるシーンに、胸がキューンとなる。そうだった、この印象的な場面に引き込まれて、そのままランサムの虜となったのだ。
そのあと展開されるストーリーを隅々まで克明に憶えていた──そう言いたいところだが、さすがに40年前に一読したきりなので、プロットをすっかり忘れてしまっていて、お蔭でわくわく、ハラハラ、ドキドキしながら頁を繰る昂揚感を新たにした。
「ツバメ号」とは物語の主人公たる兄弟姉妹四人のヨットの名。対する「アマゾン号」はこの湖をもともと根城にするブラケット姉妹のヨットである。
敵味方に分かれた二組の子供たちによる陣地取りとヨット分捕り合戦。
屋形船の住人「フリント船長」(実はブラケット姉妹の伯父さん)が遭遇する盗難事件。
肝腎な本筋は綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
それでいて、冒頭の「間切り」の場面は鮮明に覚えていたし、海外航海中の父親からの電文「オボレロノロマハノロマデナケレバオボレナイ」は一字一句違えず記憶している。子供たちが互いに呼び交わす「アイ・アイ・サー」の掛け声やら、フリント船長の鸚鵡の喋る「八銀貨(ピース・オブ・エイト)」「きれいなポリー」やら、舞台となるダリエン岬、ハリ・ハウといった地名は明瞭に思い出せるのだから不思議だ。
食いしん坊の小生は昔から物語のなかの食べ物の記述に執着していたようで、この「ツバメ号とアマゾン号」では、子供たちがキャンプに持参する保存食糧「ペミカン」について、「いったいどんなものなのか、ぜひ食べてみたいものだ」と思ったことまで思い出した。訳註に「ペミカン──牛肉をかわかして、果実や脂肪をもつきまぜ、パンのように固めたもの。探検隊などがよく利用する。」とあるのがいたく好奇心をそそったのだ。四十年後の今も、まだペミカンなる食材にはお目にかかったことがないのだが…。
それにしても、「ツバメ号とアマゾン号」は大傑作だ。手に汗握る冒険もさることながら、ヨットの操縦法やらテントの張り方、キャンプの実際についての微に入り細を穿った記述が素晴らしいのだ。長年にわたりアウトドア・ライフを楽しんだ人間でなければこうも詳細には書けなかっただろう。
ドラマを起伏豊かに盛り上げるストーリー・テリングの妙にも感服する。それでいて、文章は少しもダレず、きびきびと簡潔明瞭だ。古今の多くの文学作品の富を知り尽くすと同時に、冷静な報道者の眼をも兼ね備えた書き手であることがうかがわれる…。
…などと、さも知ったふうな書き方ができるのは、アーサー・ランサムがそれまでに歩んできた長い道のりを、すでに小生は知っているからだ。
19世紀末から20世紀初頭にかけて気鋭の文芸批評家としてオスカー・ワイルドを論じ、ヨネ・ノグチの才能をいち早く見出したランサム。
同じ頃ロンドンで女性画家パメラ・コールマン・スミスのサロンに出入りし、優れた民話の語り手だった彼女の才能に賛嘆を惜しまなかったランサム。
最初の結婚に失敗し、その痛手から逃れようとロシアへ民話収集の旅に出たランサム。
旅先でたまたまロシア革命に遭遇し、俄か仕込みのジャーナリストとしてレーニンやトロツキーやラデックら革命の立役者の知遇を得たランサム。
トロツキーの女秘書を妻に迎え、その彼女としばしばバルト海のヨット帆走を楽しんだランサム。
激動と波瀾の半生といってもよかろう。
人生において無駄な体験などはないといわれる。アーサー・ランサムの生涯はまさにその典型ではないだろうか。
初老間近の男として「ツバメ号とアマゾン号」を再読した小生は、子供たちの活躍ぶりもさることながら、脇役たる「フリント船長」の相貌にいたく心惹かれた。
フリント船長こそはランサムが多少の皮肉を込めて自らの姿を描写した「自画像」なのではないか。彼は一夏のあいだ屋形船にこもって、三十年にも及ぶ激動と冒険の「海賊時代」のことを書き綴っていたというのだから。
ともあれ、ランサム・サガを読む歓びは何物にも替えがたい。残りの11冊もどんどん読み進めていこう。それもやっぱり原書でなく手軽な岩波版で。
そのかわり、いろいろ出ているランサム関係の研究書や評伝を英語で読んでみよう。
手始めに、世評の高い Christina Hardyment "Arthur Ransome and Capt. Flint's Trunk"(Jonathan Cape, 1984)などどうだろうか。