いよいよ春本番。春風駘蕩といおうか、日差しも吹く風もひどく心地よい。こんな日は部屋に閉じ篭ってはいられない。そこで、取っておきの花見スポットへ出向くことにした。
ほとんど知られていない隠れ家的な場所なので、どこと名指しはできない。東京二十三区内、JRの駅から歩いて十五分ほどの住宅地にある閑静な小さなお寺である。
ささやかな境内に桜の古木が十数本。たったそれだけなのだが、周囲を花に囲まれて佇んでいると、もうこれで充分という心地がする。訪れるのは近所の人たちだけ。実に静かだ。しみじみ「今年も桜が見られてよかったなあ」という嬉しさがこみ上げる。極楽浄土のような場所なのだ。
ここを知ってしまうと、上野も井の頭も千鳥が淵ももうたくさん、という気になってくる。
小一時間ほど過ごして、歩いて駅まで戻る。ちょうど昼になったので、昔からやっている定食屋でたっぷりめの昼食をとる。
せっかくなので吉祥寺へ出る。ディスクユニオンで十枚ほどCDを抱え込んだあと、帰り道の読書用に、パルコ地下の本屋で丸谷才一+鹿島茂+三浦雅士『文学全集を立ちあげる』(文藝春秋、2006)を買う。「もしわれわれ三人が編集委員だったら」という想定で、世界および日本文学全集の巻立てを考える、という鼎談。こないだNHK・TVの書評番組で紹介され、これは面白そうだと、ずっと探していた一冊である(紀伊国屋やジュンク堂では見当たらなかった)。
いちばん最近「世界文学全集」が出たのはいつだったかご存知? なんと1989年刊の「集英社ギャラリー 世界の文学」が最後なのだそうだ。もう教養としての読書は疾うに廃れてしまい、新人作家たちも古今の小説をまるで読んでいないのだという。
そうした風潮に憤り、三人が喧々諤々、選びに選び抜いたラインナップは…。気軽に読める本なので、結果はぜひ手に取ってご覧いただきたい。
小生のみるところ、三論客が長時間かけて議論した割りに、思いのほか常套的な線に落ち着いてしまったような気がする。まあ、文学全集なんて、そういうものなのかもしれないが。
ちょうど読み終わったところで、電車は目的地に着いた。
帰宅後は原稿書きの準備をしながら、買ってきたCDを聴く。
ハイドン: 交響曲第45、92番
カール・ミュンヒンガー/シュトゥットガルト室内管弦楽団
Intercord INT 820.727
*いまどき誰も見向きもしなくなった往年のバロック指揮者ミュンヒンガーだが、こうして聴いてみると、格調高く、滋味掬すべき演奏である。忘れてしまうにはあまりにも惜しい遺産。
ショスタコーヴィチ: 「新バビロン」「五日五晩」
ジェイムズ・ジャッド/ベルリン放送交響楽団
Capriccio 10 341/42
*ショスタコーヴィチの初期(1928‐29)と後期(1960)の映画音楽。1989、90年収録。詳しい解説がありがたい。
サリヴァン: 組曲「パイナップル・ポール」、ランバート: リオ・グランデ、イベール: ディヴェルティスマン、エルガー: 「威風堂々」第1番、ウッド: 英国の海の唄による幻想曲、アーン: ルール! ブリタニア、パリー: ジェルザレム、トラッド: 蛍の光(Auld lang syne)
ジェイムズ・ロッホラン/BBC交響楽団 ほか
BBC Radio Classics 15656 91912
*曲目からお分かりだろう。「プロムス」の「ラスト・ナイト」だ。1977、79、82、84年収録。