昼前に池袋に着いて、西口のHMVで雑誌 "BBC Music" の三月号を購入。
ロンドンのバービカン・センターが創設25周年を迎えた記事、ガリーナ・ウストヴォリスカヤの死亡記事、クラウディオ・モンテヴェルディの特集、面白いところではアニメ「トムとジェリー」の音楽を書いた作曲家 Scott Bradley の紹介記事など盛り沢山。マッケラス指揮によるヤナーチェク「マクロプロス事件」の新盤(Chandos)、ソプラノ歌手スーザン・ブロック Susan Bullockのワーグナー+プロコフィエフ+ブリテン歌曲集(Avie)などの興味深い新譜紹介も多々。サラ・コノリー主演の新演出オペラ、ヘンデル「アグリッピーナ」@イングリッシュ・ナショナル・オペラの大きな広告も。観たいけれど、嗚呼、英京は遠いなあ…。
この雑誌は附録のCDがいつも楽しみ。今回はレスピーギの「ローマの泉」「ローマの松」ほか。尾高忠明 & BBC National Orchestra of Wales の演奏は派手になりすぎず、しっとりと上品。好感のもてる語り口だ。ぜひ一聴あれ。
そのあと江古田で所用、予想外の事態に巻き込まれ、へとへとに消耗。これでへこたれてはならじと、気を取り直して地下鉄で本郷三丁目に。
先日「ぐろりあ会」古書即売展の目録に稀少なロシア関係書目を見つけ、注文しておいたところ運よく当選したというので、出品元のアルカディア書房まで取りに出向いたのである。
なんとしても欲しかったのは次の一冊。扉にはこう記されている。
Словарь наиболее употребительных в современном японском языке иероглифов
Составил А. А. Лейферт
Издательство иностранных рабочих в СССР, Москва/Ленинград, 1935.
これを見て、気が動転してしまうのは小生ひとりかもしれない。中味は到って地味。漢字を部首別に分類し、それぞれに読みと意味をロシア語で綴った「漢露」辞典である。表紙の背には銀色の日本字で「露譯常用漢字の字引」とある。
本ブログの読者は、1929年にモスクワで出た日本民話に基づくロシア絵本について、小生がしつこく探索していることをご記憶だろう(2月5日のエントリー参照)。あの『長い名前』という物語を日本語から露訳したアンドレイ・レイフェルトなるロシア人に、ずっと興味を抱き続けている。ちょっと拙文を引いておこう。
…アンドレイ・レイフェルト(1898~1937)は今では忘れられた存在だが、ウラジオストクで日本語を学んだのち、二度にわたり来日(1925~27、28~32年)、日本文学・演劇研究のかたわら漫画家としても活躍したユニークな才人である(秋田雨雀、柳瀬正夢らと親交があった)。帰国後の35年に労作『現代日本語常用漢字辞典』を著すが、当時の日本研究者の例に洩れずスターリンの粛清の犠牲となった。…
ここで述べた1935年の「労作」がすなわち、今回の目録に載った上記の一冊なのだ。ロシア人の日本語学習者向けに編まれた辞書ゆえ、日本に将来されたこと自体が奇蹟だが、これが不思議にもすうっと小生の前に姿を現したのである。
レイフェルトがこの一冊に心血を注いだだろうこと、刊行のわずか二年後に彼がスパイ容疑で処刑されてしまったことなぞを考えあわせると、日本人はこの仕事を忘却してはならないのではないか。そんな義憤めいた思いから、なんとしても手元に置きたかったのだ。
店主の矢下さんとひとしきり語らったあと、この本をしっかり抱きしめるようにして帰路に就いた。
帰宅後は昨日に続き、沢部仁美『百合子、ダスヴィダーニャ』、それと並行して、ついさっき小包で届いたばかりの笠間啓治『散策のモスクワ』(ナウカ、1992)も読み進める。後者はたいへんな名著であるらしい。楽しみなことだ。