(承前)
L'Orfeo, favola in musica
Music by Claudio Monteverdi
Libretto by Alessandro Striggio
Director and choreographer: Trisha Brown
Musical director: René Jacobs
Designer: Roland Aeschlimann
Lighting: Roland Aeschlimann, Gerd Meier
Orfeo: Carlo Vincenzo Allemano
Euridice, La Musica, Eco: Juanita Lascarro
Messaggiera: Graciela Oddone/ Proserpina: Martina Dike/ La Speranza: Stephen Wallace/ Plutone: Tomas Tomasson/ Caronte: Paul Gérimon/ Apollo: Mauro Utzeri/ Ninfe: Anne Cambier, Martina Dike/ Pastori e spiriti: Stephen Wallace, Yann Beuron, John Bowen, Paul Gérimon, René Linnenbank
Concerto Vocale
Collegium Vocale Gent
Trisha Brown Company
19:45~, 4 June 1998, Barbican Theatre, London
以上が当日のスタッフとキャスト。オルフェオ役のみはダブル・キャストで、初日には Simon Keenlyside が歌った由。この日は公演二日目だったが、特別にトリーシャ・ブラウンのプレ・トークがあるというので、なんだか得した気分。
初めて観るトリーシャは物静かな女性だが存在感たっぷり、あたりを払う威厳がある。「歌手たちを集め、ブリュッセルでワークショップを催した。慣習的な仕草を捨てさせ、満足のいく所作ができるまで何週間も特訓したわ」とのこと。期待がいや増す。
トークショーのあといったんロビーに出て、再入場すると、開演前なのにもう幕は上がっていて、一人の女性が舞台の上方に天使さながら、ふわりと浮かんでいる。ピーターパンよろしく、ピアノ線に吊られて軽々と宙を舞い、くるりと回転したり、方向転換したり。最前列から見上げると、すぐ真上を飛んでいるかのようで、ちょっと怖い。舞台上には装置などは一切なく、正面中央に大きな丸い開口部がみえるばかり。
やがてピットに演奏者が揃い、ルネ・ヤーコプスが登場すると、ファンファーレ(トッカータ)を合図に開演。素晴らしく澄み切った甘美な音色が流れ出す。もうそれだけでモンテヴェルディの魔力に引き込まれ、たちまち恍惚となる。
ほどなくピットから神々しいソプラノ独唱が歌い出す。それにあわせて、さっきの宙づりの女性が丸い開口部に現れて、そのなかを軽々と浮遊し、くるりくるりと宙返り。そうなのだ、彼女は大気を自由に駆けめぐる「音楽の精 La Musica」だったのだ。円形は宇宙なのか、青空を思わせる透明なブルーの光に満たされている。
すると空っぽの舞台全体が青色になり、羊飼いたちとニンフたちが登場、オルフェオとエウリディーチェを祝福する壽歌を優雅に歌い踊る。彼らの服装はお揃いのゆったりとした白のスーツ。きびきびと舞台の上を移動する仕草は完全にモダン・ダンスのそれ。これは凄い! オーセンティックな古楽とコンテンポラリーな身体表現とが相互浸透しつつ、ひとつに溶け合おうとしている。
ダンサーたちはもちろん、歌い手たちもよく動き、しきりに隊列を組みなおし、舞台を所狭しと移動する。ああ、これこそが先ほどトリーシャが語っていた長期合宿の成果なんだな、と納得。なるほど月並で因習的な動作はどこにもない。
やがてオルフェオとエウリディーチェが登場。オルフェオの黄色、エウリディーチェは青の衣裳の対比が目にも鮮やか。二人の楚々とした相聞歌のやりとり。ここでも二人は歌いながら絶えずポーズをとり、ヴォーギングを重ねていく。このあたり、トリーシャ・ブラウンの振付はちょっとロバート・ウィルソンに似ていなくもない。
このあと突然エウリディーチェが毒蛇に噛まれて死に、悲嘆に暮れたオルフェオは彼女を取り戻すべく冥府へと下る…というのが、誰もがよく知る神話の成り行きである。もちろんモンテヴェルディもこの物語に従っているわけだが、今回の演出ではその冥界の表象の仕方が卓越している。
青一色で照らされた空間の右方(上手側)から大きな壁面がぐぐっと迫り出してくる。その向こう側は漆黒の闇。壁一枚隔てて舞台は二分され、青色(地上界)と暗黒(冥界)とが隣り合うという趣向なのだ。オルフェオはこの結界を越え、左から右へ、光から闇へと歩を進めていく…。
(つづく)