(承前)
メリー・ホプキンの "Those Were the Days" の邦題が「悲しき天使」と訳されてしまっても、誰一人おかしいと思わなかったのは、いかにも1960年代らしい無邪気な鷹揚さではなかろうか。
そもそも外国のヒット・ソングにやたらと「悲しき~」という邦題をつけ、しかも便乗ヒットを狙って日本語ヴァージョンも発売してしまう、というのが当時のわがポップス界の得意技だったのである。曰く「悲しき片思い」(You Don't Know ヘレン・シャピロ/弘田三枝子、1961)、「悲しき街角」(Runaway デル・シャノン/飯田久彦、1961)、「悲しき戦場」(The Ballad of the Green Berets バリー・サドラー軍曹/ケン・サンダース、1966)…。
因みに、これらの楽曲の訳詞をことごとく手がけていたのが、かの漣健児氏だったのである。あの60年代日本語ポップスの覇者、「電話でキッス」「ルイジアナ・ママ」「可愛いベイビー」「ヴァケーション」「朝日のあたる家」「砂に消えた涙」…(以下略)…の不滅の訳詞者であるところの漣氏だ。
そしてこの "Those Were the Days" にも、時を経ずして日本語カヴァーが登場する。森山良子のシングル盤「悲しき天使」がそれだ(1968.12.25 発売)。ここでももちろん訳詞者は漣健児氏。オリジナルのメリー・ホプキン盤の発売に遅れること、わずか20日という素早さである。
木枯らしの街をゆく
ひとりぼっちの私
思い出の広場で
思わず足を止める
で始まる日本語版は明らかに失恋の唄。このあとすぐ「思い出すのはあの日のこと/暖かい恋の夢…」とリフレインが続くくだりからも、それは明らかなのである。
一体全体、なんでそうなるの!
(1月20日へつづく)