はっと気づいたら、今年も残すところあと三日。年が改まる前に、ぜひ書いておきたいことがある。ほかならぬヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのことだ。
そのモーツァルトを主人公にした芝居がある、というと、ああ、有名な『アマデウス』ね、といわれそうだが、ここで話題にしたいのはそれではない。シェーファーの芝居でも、その映画化であるフォアマンの映画でも、それらのおおもとになったプーシキンの戯曲『モーツァルトとサリエリ』でもなければ、それに基づくリムスキー=コルサコフのオペラでもない。
題名はずばり『モーツァルト Mozart』。もっともフランス人ならこれを「モザール」と呼ぶであろう。1925年12月2日、パリのエドゥアール七世座で初演されたオペレッタである。作曲はレイナルド・アーン、台本は稀代の劇作家サッシャ・ギトリ。
ただし、これをオペレッタと呼ぶのはちょっと語弊がある。一時間半ほどの上演時間で、実際に音楽が鳴るのは三十分にも満たない。あとは早口のフランス語の台詞、台詞の連続。耳だけで追うのはちょっと辛いのだが、あまりにも素晴らしい音楽劇なので、2006年が終わらないうちに、ぜひとも紹介したいと思った次第。
1778年のパリ。エピネー夫人のサロン。親類のマリー=アンヌ嬢は傍らのクラヴサンを弾くよう所望されるが、その鍵盤に触れるのをためらう。このクラヴサンこそは12年前、パリを訪れた神童モーツァルトが奏でた楽器だからだ。同席したグリム男爵は、かつて自分が面倒をみた天才少年を懐かしく回想する。
そこに突然、知らせが入る。モーツァルトがパリに来ているというのだ。ほどなく、22歳の美青年に成長したモーツァルト本人がサロンに到着。挨拶もそこそこにクラヴサンの前に坐った彼は、ザルツブルクからパリへの旅のありさまを物語る。道中モリエールの「ドン・ジュアン」を読み耽っていたといい、「これをいつかオペラにしたいな」などと口走る。そして、「人の心を掴んで、虜にするのって素晴らしい。パリよ、僕はお前を虜にしたい!」と高らかに唄う。ここまでが第一幕。
このあとモーツァルトは、パリの貴族たちの注文で、交響曲(31番「パリ」)やらバレエ(レ・プティ・リアン)やらを作曲する傍ら、貴族の令嬢やら小間使の娘やらと浮き名を流す(第二幕)。心配したグリム男爵は作曲家に向かって、「一刻も早くパリを出発し、そして音楽に専念したまえ」とこんこんと説得。やがて意を決したモーツァルトは、楽しい思い出を胸に、ドイツへと旅立っていく(第三幕)。
モーツァルトは実際に1778年の3月から9月までパリに滞在し、メルキオール・グリム男爵やエピネー夫人の世話になった。滞在中、6月11日にはオペラ座でバレエ「レ・プティ・リアン」が、18日にはテュイルリー宮殿で交響曲第31番がそれぞれ初演されている。サッシャ・ギトリの台本は大筋では史実に従いながら、滞在中、同行した母が急逝したことには触れず、代わりに華やかな女性遍歴を盛り込むなど、事実とは即かず離れずといった内容だ。モーツァルトが「恋の都」パリに憧れ、自由にはばたこうとする、というのが、このオペレッタの描きどころなのだろう。
もう二十年ほど前になるか、神保町のとある古本屋の店先で、このオペレッタ初演時の台本を100円で手に入れた。上に書いた粗筋もそこから拾ったものだが、この薄い冊子に載っていた数葉の上演写真を今でも忘れることができない。モーツァルトを演じているのはなんと女性。作者ギトリの当時の奥さんだったイヴォンヌ・プランタンなのである。ちょっと宝塚の男役みたいだが、その可憐な愛くるしさといったら! このとき三十歳だったらしいが、とてもそうは見えない。ちなみに、ギトリ自身は庇護者役のグリム男爵に扮している。
ああ、と深い嘆息。タイムマシンがあればなあ、とつくづく思う。すぐにでも、1925年12月のパリへ飛んでいくのだが。エドゥアール七世座の平土間席に陣取り、モーツァルトになりきって演じ唄うイヴォンヌ・プランタンの舞台を観られたら、どんなにか幸せなことだろう。
それでも、不幸中の幸いといおうか。この芝居でプランタンが歌ったアリアが、たった二曲だけだがSP録音されている(1929年)。第二幕の末尾で、婚約者から届いた愛の手紙を切々と読み上げる「恋人よ、あなたが旅立ってから」、そして終幕でパリとその思い出に別れを告げる「いざさらば、恋人よ」の二つ。併せてたった七分間だが、疾うに消え去った舞台が後世に遺した、天上から届いたかのような、あえかな歌声である。これらは今もCDで聴くことができる。
イヴォンヌ・プランタン Yvonne Printemps(1894‐1977)は、フランスの田舎出の貧しい生い立ち。本名を Yvonne Wigniolle という。正式な音楽・演技の教育を受けぬままパリのフォリー・ベルジェールのレヴューに出演。「お春ちゃん」という意味の芸名「プランタン」は、その明るい気性に因んで、仲間がつけた愛称という。個性的な歌とコケットリー溢れる演技でめきめき頭角を現し、1919年にはサッシャ・ギトリに見初められ結婚。ギトリは愛妻のためせっせと芝居を書き、プランタンは実に34作を初演。プランタンが主演したギトリ作のオペレッタは、『仮面の恋』(メッサジェ曲、1923)、『モーツァルト』(1925)、『マリエット』(オスカー・シュトラウス曲、1928)、『S.A.D.M.P.』(ルイ・ベーツ曲、1931)の四作。どれをとっても、手のこんだ台本と音楽が幸福に結びついた、珠玉のオペレッタと呼ぶに価する。
1932年、プランタンはギトリと破局、13年の稔り多い歳月にピリオドが打たれた。その後は名優ピエール・フレネーと再婚し、「椿姫」「三つのワルツ」「仏蘭西座」などのトーキーにも出演。戦前の日本でもかなり評判になった由。
フランス歌曲好きは皆、プランタンに感謝せねばならない。誰もが知るプーランクの佳品「愛の小径 Les chemins de l'amour」は彼女のために書かれたのだから。
話を『モーツァルト』に戻すと、このオペレッタの全幕は、1957年に録音され、二枚組LPで出たことがある(仏Ducreté Thomson 320 C120/21)。有名な歌手は一人もいないが、舞台の雰囲気をよく伝えた好演だった。台詞回しも絶妙。これはずっと後にCD化されている(EMI 5 68286 2)。
もうひとつ、1959年にフランス国営放送がスタジオ収録した演奏もかつてCDで出ていた(Musidisc 201372)。これも優れた内容だが、台詞がかなりカットされているのがちょっと残念だ。
レイナルド・アーン(1874‐1947)はベネズエラ生まれ。パリに暮らし、19世紀末から20世紀前半にかけて、高雅なエスプリを湛えた歌曲を数多く書いた作曲家である。一般にはマルセル・プルーストの親友(というか、愛人ですな)として知られていよう。サッシャ・ギトリは『モーツァルト』を構想したとき、まず当代随一のオペレッタの大家、アンドレ・メッサジェに協力を打診したのだが、「モーツァルトの音楽と自作を対置できないから」と固辞されてしまう。
そこで白羽の矢が立ったのがアーン。彼は快く作曲を引き受け、この難しい仕事を実に鮮やかに仕上げてみせた。作中にはモーツァルトのさまざまな楽曲が散りばめられ、それでも全体としては流麗なアーンの音楽になっているのは流石というほかない。「パリ交響曲」や「レ・プティ・リアン」の断片も巧みに挿入して、擬古的な装いのなかにモダンな響きがもたらされる。「パスティッシュに堕することなく、アーンは自らのスタイルと、手本とした(モーツァルトの)スタイルを巧みに接ぎ木してみせた」とは、ほかならぬメッサジェの評言である。
アーンが『モーツァルト』のために書いた楽曲中の白眉は、第一幕の末尾でパリへの憧れをモーツァルトが切々と唄う「崇められて… Etre adoré...」であろう。しかしながら、hélas! プランタンはこのアリアの録音を遺さなかった。なんという損失であることか!
長らく忘れ去られていたこのアリアは近年、相次いで見事な歌唱によって甦った。以下の二枚のCDをぜひ聴いてみていただきたい(それぞれ2001年、02年の収録)。
French Operetta Arias, "C'est ça la vie, c'est ça l'amour..."
Susan Graham(ms)
Yves Abel(cond)City of Birmingham Sym. Orch.
Erato 0927-42106-2
*極上の歌唱と巧みな管弦楽伴奏による、フランス・オペレッタの早分かりアンソロジー。スーザン・グレアムの妖艶な唄に痺れる。ほかにアーン『シブレット』『おお、わが未知の美男』、メッサジェ『フォルテュニオ』『仮面の恋』などのアリアも収録。
"Souvenir de Printemps"
Amy Burton(s)
Yves Abel(pf)
Harbinger HCD 2303
*収録16曲ことごとくがプランタンのため書かれ、彼女により創唱されたもの。ソプラノのエイミー・バートンは米人ながらプランタンに深く傾倒し、2002年ニューヨークで "Yvonne Printemps: Portrait of a Diva Unveiled" なる夕べを催した。本CDはそのショーの演目を再現したもの。歌詞英訳も解説もすべてバートンの手になる。探しにくい盤だが、素晴らしい内容なのでぜひ。
これらのCDで、アリア「Etre adoré...」をどうか聴いてみて欲しい。多感な青年の憧れをまざまざと実感させる、詩句と音楽の絶妙なコラボレーション。レイナルド・アーンの書いた最も美しい音楽ではないだろうか。