家人とともに江古田で用事を済ませ、帰り途に池袋の西武デパートでクリスマスの食材を購めようとしたが、いやはや凄い人の波に気おされて断念した。結局、地元のスーパーでローストチキンを購入。昨日のケーキの残りとでささやかなディナー。
オンライン古書店の「古本 海ねこ」のサイトで、12月に入ってからずっと、クリスマスに因んだ絵本や物語の紹介をやっていて、毎日楽しく読んでいる。題して「クリスマスの本 アドベント・エッセイ」(文章はカーネーション・リリー・リリー・ローズさん)。
http://www.umi-neko.com/umi-neko/xmasessay/dec01.htm小生にとって、クリスマスの物語といえば、E.T.A. ホフマンの「胡桃割り人形と鼠の王様」と昔から相場が決まっている。それも、講談社の『世界童話文学全集』第七巻「ドイツ童話集」(1960)所収の「くるみわりにんぎょうとねずみのおうさま」でなければならない。
子供の読書にさして熱心ではない両親が、なぜこの本を買い与えてくれたのかは全く謎である。全集のなかでこれ一冊だけが、ぽつんとわが書架にあったのも不思議だ。ひょっとして、これは親戚の誰かからのプレゼントだったのかもしれない。だとしたら、その「誰か」さんに感謝せねばならない。その人こそは本を読むことの楽しさを小生に教えてくれた張本人なのだから。
この講談社版「ドイツ童話集」は、今考えても夢としか思えないラインナップだ。目次を紹介しよう。
ハーフ(ハウフ)作「ちびのムク」
ビュルガー作「ほらふきだんしゃくシベリアのたび」
ベヒシュタイン作「きびどろぼう」
シュトルム作「雨ひめさま」
へーベル作「りこうなむくどり」
へーベル作「とこやの子ども」
レアンダー作「ふしぎなパイプオルガン」
ブルンク作「ふじんぐつ」
アルベルデス「シュテーフェルマンの子どもたち」 (以上は 植田敏郎訳)
そして
ホフマン作「くるみわりにんぎょうとねずみの王さま」
エーウェルス「天の川にいった女の子」 (以上は 塩谷太郎訳)
この一冊の本が小学三年か四年だった小生に、どれだけ深甚な影響を及ぼしたことか。ハウフやヘーベルのウェルメイドな掌篇の面白さ。シュトルムやレアンダーの浪漫的な味わい。今ではほとんど顧みられることのないエーヴェルス(親ナチの怪奇作家。「プラーグの大学生」「アルラウネ」)の、信じられぬほど美しい小品「天の川にいった女の子」(長篇「売られたお婆さん」中でお婆さんが語る物語だという)。
そして、この一作だけで百五十頁近くを占める大作「くるみわりにんぎょうとねずみの王さま」。
間違いなく、これこそは小生が生まれて初めて読了した長篇小説である。しかもその奇想天外な筋立てといったら! およそ「アラビアン・ナイト」以外で、ここまで想像を絶する破天荒な物語というものに、小生は出会ったことがなかった。たちどころに魅せられ、何度繰り返して読んだことだろう。
物語はまさしくクリスマス・イヴに始まる。ちょっとだけ、冒頭の文章を写してみよう。
十二月二十四日には、えいせいこもんかん(てがらのあったおいしゃさんのこと)シュタールバウムの家の子どもたちは、一日じゅう、中のまには、はいっていけないことになっていました。中のまにつづいた大ひろまには、なおさらいけません。
フリッツとマリーは、おくのまのすみっこに、小さくなって、すわっていました。
へやの中にはもう、こい夕やみが、たちこめていました。でも、その日は、だれも、あかりをもってきてくれませんでしたから、ふたりは、すっかりこわくなってしまいました。
フリッツは、そうっと、いもうとのマリーにいいました。マリーはまだやっと七つになったばかりでした。
「けさはやくから、中のまだの、大ひろまで、なんだか、がさがさ、ごとごとしているけど。さっきだれか、小さな人が、大きなはこをかかえて、そっと、げんかんのまをとおっていったけど、あれ、きっとドロッセルマイエルおじさんだよ。」
マリーはうれしそうに、小さな手をたたいて、いいました。
「まあ。ドロッセルマイエルおじさん、なにをこしらえてきてくれたかしら。」
じょうせきはんじ(さいばんかんのやくの名)のドロッセルマイエルさんは、どうみても、ようすのいい人とはいえませんでした。
やせっぽちの小男で、かおはしわだらけ。右の目はなくて、そのかわりに、大きな、くろいこうやくを、べったりはりつけていました。あたまの毛は、一本もありません。で、ガラスでこしらえた、きれいな、まっ白なかずらをかぶっていました。もういけない。今夜はこれを読むことにしよう。小学生の時分、クリスマスには決まってこれを読み通すことにしていたっけ。
最後に付け加えておくが、この「くるみわりにんぎょうとねずみの王さま」に添えられた油野誠一の挿絵の素晴らしさといったら! この途方もなくファンタスティックな物語に、これほど相応しいイラストレーションは世界じゅう、どこを探したって絶対に見つからないだろう。