ボニー・ブラムレット Bonnie Bramlett という歌手をご存知だろうか?
60年代末から70年代初頭のロック・シーンで活躍した夫婦デュオ「デラニー&ボニー」のボニー、といえば古くからの洋楽ファンは、ああそうだった…と頷かれるのではないか。エリック・クラプトン好きには、初期の共演者としてデラニー&ボニーの名は決して忘れることができないだろう。
1972年の離婚に伴い「デラニー&ボニー」は解散、ボニー・ブラムレットはソロ歌手としてデビュー、70年代に四枚のアルバムを出した。とりわけ第二作「It's Time」(1974)と第三作「Lady's Choice」(1976)は、これが白人女性とはちょっと信じられぬほどソウルフルな「黒っぽい」歌唱が聴ける、稀代の名盤だと思う。ジャニス・ジョプリンの衣鉢を継ぐなぞ誰にもできるはずがないが、ボニーのシャウトには、たしかにジャニスに匹敵するような力強さと真率さがあった。
小生がボニー・ブラムレットを知ったのは1976~77年頃。その頃よく金子マリや永井隆(ホトケ)のライヴを一緒に聴いたりした女友達から、「ぜひこれを聴くように」と手渡されたのが、ボニーのアルバム「It's Time」と「Lady's Choice」を収めたカセットテープだった。このテープはそれこそ擦り切れるほど繰り返し聴いたなあ。その後、ボニーのアルバムはあらかた中古LPで手に入れ、これまた磨り減るくらいによく聴いたものだ。
80年代以降、ボニー・ブラムレットはキリスト教に帰依してゴスペル・シンガーに転身、ロックやR&Bの世界からはきっぱり身を引いた(まるでわが小坂忠のように)。去る者は日々に疎し。もう彼女のことを思い出す者もほとんどいなくなった。CD時代に入ると、ますますボニーの声を聴く機会に恵まれなくなった。1994年に日本のソニーからファースト・アルバム「Sweet Bonnie Bramlett」(1973)が覆刻されたのが、わずかな例外だったのだが、それももう十年以上前のことだ。
2002年、全く突然に彼女はカムバックした。前作から実に21年ぶりというソロ・アルバム「I'm Still The Same」を引っさげて。
素晴らしいタイトルだ。「あたしは今でも昔とおんなじだよ!」というわけである。そして実際、そのとおりの歌唱なのだ。ちょっとしわがれた感じはあるが、深々としたソウルフルな声は往時のまんま。この時点で彼女は五十代後半だったはずだが、年齢ゆえの衰えや永年のブランクなど微塵も感じさせない。途中でリオン・ラッセルの曲「スーパースター」が出てきて「アレっ」と思わせるが、実はこの名曲の作詞を手がけたのはボニー・ブラムレットその人だったのである。
2004年には70年代のアルバム「It's Time」と「Lady's Choice」を一枚に収めた覆刻CDが遂に出た。やっぱり、この二作は凄い! 懐かしさだけじゃない。時代が変わっても決して古びることのない歌唱がここにはあるのだ。このところ外出するたびに、これを聴きながら歩くのが小生の日課となっている。
今年もボニーの新作が出た。「Roots, Blues & Jazz」というアルバムである。往年のチャック・ベリー、サム・クック、スティーヴン・スティルズらの楽曲から、レイ・チャールズのヒット曲「ザット・ラッキー・オールド・サン」、さらには「ワーク・ソング」「ハーレム・ノクターン」まで、いにしえの名作のカヴァー・アルバムなのだが、どの曲もまるで彼女のための書き下ろしのように思わせてしまう、自信と余裕に溢れた歌唱だ。とうに六十を過ぎているはずのボニー姐御に、心からの拍手喝采を送りたい気持ちになるのは、小生だけではあるまい。
最後に、今でも入手可能なCDの番号を記しておく。
*I'm Still The Same (2002) Koch/Audium AUD-CD-8154
*It's Time/Lady's Choice (2004, reissue) Raven RVCD-172
*Roots, Blues & Jazz (2006) Zoho ZM-200604