昨日のエントリーで言葉足らずだったところを少々補足しておこう。
加藤登紀子さんがアルバムで唄ったクルト・ワイルを褒めたついでに、推奨できる日本のワイル歌手として野々下由香里さんと畠中恵子さんの二人の名を挙げた。これだけではなんのことかわからなかったに違いない。
ソプラノの野々下由香里さんは鈴木雅明指揮のカンタータ全曲録音(現在進行中)でもたびたび起用されるなど、天下一品のバッハ歌いとして夙に知られている。しかし一方で、彼女はフランスやスペインの近代歌曲なども得意にしており、小生は彼女がサティやオーリックとともにワイルのパリ亡命時代のシャンソンを歌うのを聴いて、ぞっこん惚れ込んでしまったのだ(2004年5月、栃木県立美術館でのミュージアム・コンサート)。
幸いなことに、ほぼ同様の曲目を収めたCDがあり、ここで「ジュ・ヌ・テーム・パ」「ユーカリ」の二曲を聴くことができる(Alquimista Records ALQ-0005)。歌い崩しのまるでない端正な歌唱だが、純度の高い声と真率な表現で紡がれたワイルの魅力はまた格別だ。ピアノは寺嶋陸也。
畠中恵子さんはベリオ、ケージ、シェルシなど現代音楽をもっぱら歌うソプラノ。驚くほど多彩な声を駆使していつも聴衆を圧倒する。途方もない表現力をもった彼女にしてみれば、ワイルなぞほんの余技にすぎないかもしれないが、小生は1997年2月に彼女が小さな会場で歌った六曲のワイルが未だに忘れられない(彩の国さいたま芸術劇場小ホール)。ワイルの小唄に潜んでいた魔力が顕在化して炸裂するような、目覚ましい演奏だった。
そのときの録音が残っていないのが惜しまれるが、他の機会に歌ったワイルがCD化されている。「アラバマ・ソング」(TaRaGa TRG-004)と「ナナの歌」「ユーカリ」(TaRaGa TRG-005)の三曲だけだが、彼女のライヴの凄さの片鱗に触れることができる。ピアノはいずれも高橋悠治。
野々下さんや畠中さんの歌う「オール・クルト・ワイル・リサイタル」を聴くのが、小生の密かな夢である。それが叶う日はいつか来るのだろうか。