少し前にシャルル・ケックランについて書いたとき、この老作曲家がスクリーンのなかの女優リリアン・ハーヴェイに妄執にも似た恋心を募らせるという話を紹介した。
リリアン・ハーヴェイの名声は遠く極東の島国にも及んでいた。1930年代に入り、日本の映画館にもトーキー設備が導入されると、欧米のミュージカル映画(当時の言い方では「オペレッタ映画」)が続々と紹介され始める。1931年製作のドイツ映画「会議は踊る Das Kongreß tanzt」は、日本公開こそ34年とやや遅れたものの大ヒットし、主演女優リリアン・ハーヴェイの可憐な容姿と歌声は、当時の洋画ファンの心をしっかり捉えたのである。
舞台は1814年、ナポレオン退陣後のウィーン。善後処理を話し合うべく全ヨーロッパから首脳が集まり、国際会議を延々と繰り広げる。「会議は踊る、されど進まず」という、あの会議だ。
参加者の一人であるロシア皇帝アレクサンドル一世(ウィリー・フリッチュ)は、ふとした偶然から手袋屋の売り子クリステル(リリアン・ハーヴェイ)と出会い、身分違いの二人の間に淡い恋心が芽生える。
皇帝から差し向けられた迎えの馬車に乗って、クリステルはウィーン市街を過ぎ、田園や森を抜けて郊外の別荘へと向かう。この場面で彼女が憧れにみちた恋心を歌うのが、有名な「唯ひとたびの(ただ一度だけ) Das Gibt's nur einmal」(詞ローベルト・ギルベルト/曲ヴェルナー・リヒャルト・ハイマン)である。
その冒頭の詞はこんな具合だ。
Wein ich? Lach ich?
Träum ich? Wach ich?
Heut weiß ich nicht was ich tu.
Wo ich gehe, wo ich stehe,
Lachen die Menschen mir zu.
Heut werden alle Märchen war.
Heut wird mir alles klar:
Das gibt's nur einmal.
Das kommt nicht wieder,
Das ist zu schön um wahr zu sein.
So wie ein Wunder fällt auf uns nieder
Vom Paradies ein gold'ner Schein.
Das gibt's nur einmal,
Das kommt nicht wieder,
Das ist vielleicht nur Träumerei.
Das kann das Leben nur einmal geben,
Vielleicht ist's morgen schon vorbei.
Das kann das Leben nur einmal geben,
Denn jeder Frühling hat nur einen Mai.
(明日に続く)