昨日に引き続き、もう少し切手のことを書いてみたい。なにしろ半世紀もの間ずっと続けてきたホビーなので。
収集家なら誰もが周知の事実だが、世界じゅうのあらゆる切手には必ず額面と発行国名とが明記される。額面はアラビア数字、国名はローマ字で表す。これが決まりだ。試しにどれでもよい、お手近な日本切手をご覧いただきたい。そこには50円ないし80円という数字、特徴ある書体による「日本郵便」の文字、そして NIPPON の文字が記されているはずだ。
新しい切手を手に入れると、まず国名を確認する。アメリカは America ではなく United States(もしくはU.S.)、フランスは République Française(もしくはR.F.)、ソ連はC.C.C.P.(エスエスエスエルと読む)、ハンガリーは Magyar、フィンランドは Suomi──これくらいは小学生にも常識だった。
ベルギーが Belgique-Belgie と表記されるのは公用語が二つあるから。スイスは独・仏・伊三か国語が併用されているため、わざわざ古いラテン名で Helvetia と記される。とにかく、どこの国の切手にも必ず国名が入る。どの家にも表札があるようなものだ。
ところで、この大原則には例外が設けられている。ただ一国、イギリスの切手だけはこの国名表記の義務を免れているのである。英国は近代郵便制度の発祥の地、郵便切手も1840年にこの国で生まれた。そうした誇り高き特権的な地位ゆえに、イギリス切手にはこれまで一度たりとも国名が記されたことがない。
もうひとつ、イギリス切手には決まりごと、というかタブーが厳然と存在した。それは国王以外には、いかなる人物の肖像も図柄としないという不文律である。「特定の個人に肩入れしない」というデモクラティックな意思表示なのだろうが、今にして思えばずいぶん頑ななルールを課したものである。小生のように科学者や芸術家の切手を集めるコレクターにとって、イギリス切手はまるで魅力を欠いた味気ない存在だった。なにしろニュートンもダーウィンも、ディケンズもブロンテ姉妹もバーナード・ショーも、まるきりお呼びでないというのだから。
そのタブーがついに破られるときがきた。1964年のことである。
(明日に続く)