ネットで調べごとをしていて偶然、東京でヤナーチェクのオペラ「利口な牝狐の物語」の上演があることを知った(11月25・26日、日生劇場)。とうに夏前から切符を売り出していたようだが、今日までまるきり気づかなかった。全くもって迂闊なことだ。
ロンドンやパリでは毎晩のように歌劇場に通ったくせに、日本ではオペラをほとんど観ていない。来日公演はとんでもない高額だし、日本人の演技は気恥ずかしくて観るに耐えないからだ。今回の公演はスタッフもキャストもすべて日本人、おまけに日本語での上演であるが、滅多に観られぬ「利口な牝狐の物語」とあらば、禁を犯しても(?)観に行かずにはいられない。
そこで、善は急げとばかりに、日比谷の日生劇場まで出向いて26日のチケットを入手。さすがにだいぶ後方の席だが、この劇場はさほど大きくないので、鑑賞には支障ないだろう。とりあえず、これで一安心。
「利口な牝狐の物語」は数種あるディスクで聴いてはいたが、七、八年前にTVでパリのシャトレ座での公演の模様を観て、初めてその真価を知った。素朴にして精緻な音楽の魅力に酔いしれてしまったのだ。圧倒されたといってもよい。
以来、「ポッペアの戴冠」「フィガロの結婚」「子供と魔法」「人間の声」とともに、密かにマイ・フェイヴァリット・オペラに数え上げている。数年前、秋山和慶指揮の東京交響楽団の定期で質の高い演奏に接したことがあるが、視覚を伴わぬコンサート形式での上演なので、もどかしさは否めなかった。このたびの公演がどの程度のものなのか見当もつかないが、指揮は広上淳一なので期待できる。
そのあと夕暮時の日比谷をふらつく。取り壊しが決まったという三信ビルの前でふと立ち止まる。正面玄関が開いているので入ってみると、アーケードには全く人影がなく、森閑と静まり返っている。まるでパリの古びたパッサージュみたいな雰囲気だ。それにしても、なんと素晴らしい空間であることよ。これが残せないというのだから、世も末ではないか。今日が見納めかもしれないので、あちこちの細部をじっくり眺める。残念ながら、エレヴェーター・ホールのある側は閉鎖され、もう立ち入ることができない。二階のアーケードへの階段も使用不可。ほとんど瀕死の状態なのだ。
軒並みテナントが立ち退いたなか、食堂「ニュー ワールド サービス」だけは健気にも営業している。夕飯にはまだ早いが、せっかくなので軽く食べていくことにした。食後の珈琲を飲みながら、硝子越しにアーケードの天井装飾を眺めてはふうと長嘆息。なんと味わい深い建物なんだろう。
食堂の親父さんに聞いたら、今年いっぱいは営業を続けるとのこと。もう何度かここに来ることになりそうだ。