昨日のTVでザルツブルク特集を観たのをきっかけに、この街を舞台にしたケストナーの小説『一杯の珈琲から』を久しぶりに書棚から取り出す。文庫本で150頁ちょっとの手頃な中篇なので、東京への行き帰りでささっと読めてしまう。いかにもケストナーらしい、優雅でしゃれたラヴ・ロマンス。旅日記の面白さもたっぷり。
昨日も書いたように、ケストナーは1937年8月、親友のヴァルター・トリーアに逢うためにザルツブルクを訪れた。トリーアは前年の暮、ナチス支配下のベルリンに見切りをつけ、英国へ亡命してしまっていた。ケストナーにとって、トリーアは親しい挿絵画家という以上の存在だった。『エミールと探偵たち』も『点子ちゃんとアントン』も『飛ぶ教室』も、もしトリーアの闊達で楽しい表紙絵と挿絵がなかったら、その魅力はぐっと目減りしてしまうだろう。これらの少年小説のなかで、トリーアはケストナーの絵画的分身だったのである。
1920年代のベルリン文化の爛熟と喧騒のただなかで、ケストナーとトリーアは多くの体験を共有した。カフェで、劇場で、カバレットで、ふたりは何度となく顔を合わせ、楽しい時を過ごした間柄だった。盛り場クアフェルステンダムの「喜劇人カバレット Kabarett der Komiker(略称カデコー)」のロビーには、トリーアの愉快な壁画が描かれており、ケストナーの書いた多くのシャンソンはこのカバレットで初演されている。この建物の二階にあったカフェ・レオンでは、しばしば詩作にふけるケストナーの姿がみられたという(ユルゲン・シェベラ『ベルリンのカフェ』大修館書店刊)。
1933年、ベルリンでの焚書事件で多くの自作が火中に投じられて以来、ケストナー自身も何度となく亡命を考えたに違いないが、彼は結局この国にとどまることを決意する。国内での出版は禁じられ、ついには執筆禁止へと追い込まれるのだが、それでも彼はドイツに踏みとどまったのである。
(次回に続く)