鎮守の森はふかみどり
舞い降りてきた静けさが
古い茶屋の店先に
誰かさんとぶらさがる
ホーシーツクツクの
蝉の声です
ホーシーツクツクの
夏なんです
空模様の縫い目を辿って
石畳を駆け抜けると
夏は通り雨と一緒に
連れ立って行ってしまうのです
モンモンモコモコの
入道雲です
モンモンモコモコの
夏なんです
「夏なんです」より
詞=松本 隆
曲=細野晴臣
アルバム「風街ろまん」所収
日本語の歌詞はいい。訳さなくて済むから。三番まであるこの歌の、二番と三番を「風のくわるてつと」という松本隆の詩集(1972)から書き写す。
鎮守の森と蝉の声。これはいったいどこの夏なんだろう。親に連れられて訪れた帰省先か? それとも夢のなかの架空の田舎なのか?
「ギンギンギラギラ」(これは一番)、「ホーシーツクツク」、「モンモンモコモコ」といかにも夏っぽい擬音・擬態語が多用されながら、最後には夕立がザーッと降って、夏が「行ってしまう」というのだから、これはやはり去りゆく夏を惜しみながら、心静かに聴くのがふさわしい歌ではなかろうか。
ちょうど一年前の夏の終わり、狭山の稲荷山公園で催された「ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル(HMF)」で、宵闇の空の下、細野さんが32年ぶりにこの曲を歌うのを聴いた。
三時間も降り続いたすさまじい豪雨が、その直前に嘘のように上がった。「夏は通り雨と一緒に」去ってしまい、鬱蒼たる公園の木立と草叢からは秋の虫の音が一斉にわき起こり、まるで奇蹟のような環境を現出させていた。
数千人の老若男女が物音ひとつたてず、細野さんの歌に聴き入る。「夏なんです」は、このとき、この場所で歌われるため、34年前に書かれていたのだ、とすら信じたくなった。