1970年11月16日、日比谷公会堂。この夜の演奏会はどんな様子だったか。
36年も昔のこと、それもTVで観ただけなので、あまり偉そうなことは書けない。
試みに当時のメモを繰ってみると、年が明けて1月15日、たしかにNHKの放映を観て、ちょっとした感想を書きとめている。武満の「ユーカリプス」初演については「ハインツ・ホリガーの目も眩むばかりの超人的技巧には、ただただ呆れ果ててしまう」なんて書いてある。なるほど。
遠い微かな記憶をたぐり寄せてみると、なんといっても三人の独奏者たちの途方もないヴィルテュオジテ(名人芸)が前面に出て、次々に繰り出される超絶技巧に唖然としているうちに曲が終わってしまう、という印象が強い。10分くらいだったろうか。とりわけハインツ・ホリガーは、メモにもあるとおり、「こんな音がオーボエで出せるのか!」という驚きの連続で、いくつもの音を重ねて出すときなど、まるで電子楽器さながらに摩訶不思議な響きを出していた。
武満はホリガーやニコレの得意技を熟知したうえで、そこここに「聴かせどころ」というか「見せ場」を仕掛けている。過去の来日時によほど彼らの演奏スタイルを研究したのであろう、この三人のスイス人あっての「ユーカリプス」という感が強くしたものである。別の言い方をすれば、当分この曲は彼らの占有物になってしまい、余人の介入を許さないだろうことも想像できた。ちょうど「ノヴェンバー・ステップス」の上演に、いつも日本人の初演者二人(琵琶と尺八)が不可欠だったように。
ところで、肝心の注文主たるパウル・ザッハーの指揮はどうだったか。
それがまるきり印象が希薄なのである。生真面目なプロフェッサー然とした面持ち、決して器用とは言えないバトン・テクニック。加えて新作に対する不慣れ(ザッハーが武満の曲を振るのはこれが初めて)も手伝って、いかにも「ただ振ってるだけ」という感じがした。小澤や岩城だったら、必ずや全身で表現するだろうに。もっとも、ザッハーの手許に「ユーカリプス」の譜面が届いたのは、ギリギリ10月も半ば頃だったと思われるので、消化不良にはいささか同情の余地があるかもしれない。むしろ、短期間でこの超難曲をモノにした三人の独奏者こそ、称賛さるべきだろう。
ちなみに「ユーカリプス Eucalypts」とは、オーストラリアに自生する原始的な常緑樹「ユーカリ」のことである由。
(つづく)