1970年4月21日、日比谷公会堂で催された演奏会「スイスの夕べ」は、どうみても地味な催しだった。
オネゲル:交響曲第三番「典礼風」
マルタン:フルート、弦楽、ピアノのためのバラード Fl=オーレル・ニコレ
R・シュトラウス:四つの最後の歌 S=リーザ・デラ・カーサ
R・シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
それなりに練られたプログラムであることは認めよう。前半は自国の作曲家二人で固められ、次の「四つの最後の歌」もスイスで書かれた曲なので、「スイスの夕」の看板に偽りはない。「シュトラウスに見出された」ソプラノ、デラ・カーサが初来日し、極め付けの曲を歌うのも魅力ではある。
とはいえ、オーケストラが読売日本交響楽団なのがどうにも解せないし、指揮者のシャルル・デュトワに至っては知名度ゼロ。「マルタ・アルヘリッチの亭主」という以外に何の情報もない新人だ。なんでスイスからオーケストラが来ないのか、誰かほかにましな指揮者はいないのか。
折りも折り、「フランスが世界に誇る」新生のパリ管弦楽団が鳴り物入りで初来日し、実は同じこの日にも東京公演があった。翌五月にはいよいよカラヤン&ベルリン・フィルが来日する。しかも、その演奏曲目にはあろうことか、オネゲルの第三交響曲が含まれているのである!
急場しのぎの「スイスの夕」にはとうてい勝ち目がないに決まってる。
(つづく)