そして嵐は始まった
開演に先だって、おもなキャスト・スタッフを書き留めておこう。
プロスペロー(ミラノ公。弟に地位を奪われ、孤島で暮らす):Vanessa Redgrave
ミランダ(プロスペローの娘。父とともに孤島で育つ):Kananu Kirimi
エアリアル(空気の精。プロスペローの配下):Geraldine Alexander
キャリバン(孤島の原住民。プロスペローの奴隷):Jasper Britton
ファーディナンド(ナポリの王子。プロスペローの島に漂着する):Sam Parks
アントーニオ(プロスペローの弟でその地位の簒奪者):Martin Turner
台本:William Shakespeare
演技指導(Master of Play):Lenka Udovicki
台詞指導(Master of Verse): Tim Carroll
衣裳デザイン(Master of Design): Bjanka Ursulov
音楽(Master of Music): Nigel Osborne
振付(Master of Dance): Laurie Booth
プロスペロー役のヴァネッサを除くと、知った名前は一人もいない。スタッフも然り。演出がMaster of Play とMaster of Verse と二人いるのは往時の習慣なのか。 Lenka Udovicki はユーゴスラヴィア出身の演出家である由。ミランダ役の Kananu Kirimi はこれが舞台デビューだそうだ。
開演時間になる。水を打ったような静けさ。舞台上方のバルコニーに三人の楽師が現れ、開幕のファンファーレ。
開巻一番、いきなり左右の扉から狼狽した荒くれ男どもが登場し、舞台狭しとばかりに激しく動き回る。船乗りたちの切迫した口調。ミラノ公国の簒奪者アントーニオ、その支援者であるナポリ王と王子、宮廷の一行を乗せたこの船は、時ならぬ大嵐に巻き込まれて風前の灯さながら。甲板の上は騒然たる修羅場と化す。
もの凄い迫力に圧倒される。舞台を踏み鳴らす足音、飛び交う台詞と怒号、客席に容赦なく降りかかる唾の雨。大波に翻弄され、甲板が左に右にかしぐのが体感される。吹きつける烈風に帆がはためき、帆綱がうなりを上げるのすら、目で見、耳に聞いたような気がする。客席にいても船酔いしそうなほど。
そうなのだ。何もない裸舞台に役者が登場し、動作と台詞を取り交わすだけで、われわれにはあらゆるものが見えるし、聴こえるし、感じられる。左右の円柱だって、ほら今ではもう、みしみし音をたてる帆柱にしか見えないではないか!
この嵐こそは、孤島に流され、復讐の鬼と化したプロスペローが魔術の力で仕掛けたもの。それが証拠に、甲板の喧騒をよそに、舞台の傍らには妖精エアリアルが静かに佇み、手に持った小さな紙の小舟をちょこっと傾ける。すると、それにつれて甲板は大きく揺れ、一同は慌てふためいて右往左往する。そもそもこの場面(第一幕第一場)、オリジナル台本ではエアリアルの出番はなかったはずで、その登場と仕草とは、プロスペローの魔法の威力を示すうえで、すこぶる効果的なのだ。だいいち観ていてすごく面白い。
エアリアルに扮するのはジェラルディン・アレグザンダーという若い女優さん。白服の上下をまとい、顔も白塗り、髪にも粉をふった全身白づくめ。少年でも少女でもない、アンドロギュノス的というか、アンドロイド的というのか、この世ならぬ妖精っぽさをふんだんに漂わせ、なんだかとてもいい雰囲気なのだ。