楽しい倫敦、愉快な倫敦20世紀もいよいよ押し詰まってから、毎年のようにロンドンへ出かけた。それも決まって5月の終わりか、6月の初め。ちょうどこの時期、大掛かりな挿絵本のブックフェアが催され、ヨーロッパじゅうのめぼしい古本屋が一堂に会する。収書家にとって、まことに便利で得がたい機会なのである。
とはいえ、もちろんそれだけでは終わらない。
ロンドンは古本や骨董の街であるばかりでなく、否それ以上に、世界に冠たる演劇と音楽の都なのである。昼間の古書店巡りが一段落したら、いったんホテルに荷物を置きに戻って、シャワーを浴びて着替えると、今度はいそいそとウェストエンドの劇場街やテムズ河畔のサウスバンクへと繰り出す。
オペラ、バレエ、ミュージカル、ストレートプレイ、新旧の映画。オーケストラの定期公演から小ホールでの室内楽、教会でのオルガン演奏や合唱、はては路上での即席演奏まで。大仕掛けのロック・コンサートから小さなスペースでのアコースティック・ライヴまで。ありとあらゆる耳目の愉しみが私たちを待ちうけているのである。
この年(2000年)は例年よりも早く、5月半ばにロンドンへ向かう。コヴェント・ガーデンのロイヤル・バレエが "Diaghilev Legacy" と題してドビュッシー=ニジンスキーの「遊戯」を87年ぶりに復元上演するというので、万障繰り合わせて出かけたのだ(切符はとうに完売だが、少し前に仕事でロンドンを訪れた親切な知人が買っておいてくれた)。月末にはパリのオペラ座で「ペレアスとメリザンド」の新演出を、遅れてやって来る友人と一緒に観ることになっているため、いつもの古本フェアは断念。ともあれ、それまでの半月間、英京にとどまって劇場通いを続けるつもりでヒースロー空港に降りたった。
飛行場では必ず売店でロンドンの「ぴあ」にあたる「タイム・アウト」誌を買い、地下鉄で都心のホテルに向かう45分間を有効に使って隅々まで目を通す。全ジャンルの演し物を大急ぎでチェックし、滞在期間中のスケジュールを頭のなかで組み立てるのである。
いやはや、今年も面白そうな演目が汗牛充棟の趣。お目当ての「ディアギレフ・レガシー」以外にも、ローリー・アンダーソンの新作パフォーマンス「モビー・ディック」、ドーン・アップショーとクロノス・クアルテットの競演、イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)での「蝶々夫人」と「エヴゲニー・オネーギン」、ウィグモア・ホールでのアンスネスのピアノ・リサイタルも面白そうだ。美術では20世紀美術館「テイト・モダン」が鳴り物入りで開館したばかりだし、ヴィクトリア&アルバート美術館での「アール・ヌーヴォー」展、リッソン画廊でのアニッシュ・カプーア新作展などなど。
さすがにロンドンだ、凄いなあ!と、地下鉄のなかで深く溜息をつく。
なおも演劇欄のページを繰っていて、思わずアッと叫び声をあげそうになる。
ロンドン中心部、テムズ河畔に建つシェイクスピアズ・グローブ座。シェイクスピア当時の芝居小屋を忠実に再現したこの野外円形劇場で、「テンペスト」の長期公演が始まっている。なんとこの舞台に、ヴァネッサ・レッドグレーヴが連日出演するという!! それも驚いたことに、ほかならぬ老プロスペローの役で!! これはもう、何をさておいても、駆けつけずにはいられまいて。
(次回に続く)