(承前)
「脱走兵と悪魔」の物語はもちろん架空のものだが、ロシアの現実をそれなりに映し出している。民衆のほとんどが文盲だったこと(ロシア革命直後でも7割)や、ヴァイオリン(フィドル)が下層階級の間でかなり普及していたこと、などだ。
それはともかくとして、悪魔にヴァイオリンの手ほどきを頼まれた兵士はどうしたか。
悪魔の屋敷でもてなしを受けながら、三日だけヴァイオリンを伝授した兵士は、慌てて故郷の村へと辿りつく。すると、どうだろう。三日間のはずが実は三年の月日が経っていて、休暇の期限が切れた兵士は、お尋ね者の脱走兵となっていた。もう連隊には戻れない。
やむなく兵士は商人に鞍替えし、街に大店を構える。悪魔の力添えで商売は大繁盛、莫大な金銭が面白いように転がり込んだ。だが、兵士はそれもほどなく廃業し、今度は医者になりすまして世界の果ての宮殿へと赴く。そこでは皇帝の姫君が重い病気で臥せっている。これも悪魔のしわざだ。
兵士はここでヴァイオリンを新調し、皇女のかたわらで奏でると、いよいよ悪魔が姿を現す。兵士は知恵比べで悪魔を打ち負かし、したたか痛めつける。降参した悪魔はすごすご退散しながら、こんな捨て台詞を吐く。
『うぬ。たとえ貴様が皇女と結婚しても、俺の手を逃れる事は出来ないぞ! 町から七八里も離れるが最後直ぐに貴様を掴まえて了う!』
兵士はめでたく皇女と結婚し、何不自由なく暮らすが、ふとしたことから禁を犯し、宮殿を離れてしまう。と、そこには悪魔が待ち構えていて、勝ち誇ったように言い放つ。
『おい、何しに来た。俺の言った事を忘れたと見えるな! もうこうなりゃ俺の勝ちだぞ!』
物語はこのあと、運命を悟った兵士が皇女にいとまごいするところで唐突に終わる。
ロシア語を全く解さないラミュのために、ストラヴィンスキーはこの「脱走兵と悪魔」をセンテンスごとにフランス語に訳して聴かせた。ラミュの回想によれば、「ストラヴィンスキーは、私に原文を逐語訳したのだった。それはなにしろ文字通りの逐語訳で、そのためまったく理解しがたいことがよくあった」(C. F. ラミュ『ストラヴィンスキーの思い出』後藤信幸訳、泰流社、1985)。
このあと、ラミュは物語の細部に手を入れ、会話に抑揚とメリハリを加え、登場人物の心理に一貫性をもたせ、行動に合理的な動機づけを施した。一言でいうなら、それは20世紀作家による民話の近代化といえるかもしれない。ある研究者はこの作業を、アファナーシエフ民話の「ラミュ化 Ramuzification」と称している。
例えば、昨日の拙文で引用した兵士と悪魔の出逢いは、こんなふうになる。
悪魔
あんたのヴァイオリンをわしに下され。
兵士
いやだ!
悪魔
売っては下さらんか!
兵士
駄目だね!
悪魔
それなら、この本と交換ではどうかな。
兵士
俺は字が読めないんだ。
悪魔
字が読めないって? それがどうした。この本はな…字が読めんでも、ちゃあんと読める。この本はな、ここだけの話じゃが、ひとりでに読めてしまう。開いただけですっかりわかる。この本はな…宝の蔵じゃぞ。開きさえすれば、出てくる出てくる、株券が! 札束が! 金貨が!
追記)
上に引いたラミュの回想は、実際には「兵士の物語」に先立つ「狐」(1916)の共同作業について述べたものであるが、制作の実態は「兵士」のときもこれとほとんど変わらないと考え、ここに引用した。