東京へ出る用事があったので、帰りに書店に立ち寄ったら、西野嘉章さんの新しい著書が目立つところに積んである。かねてから刊行を待ち望んでいた本なので早速購入してみた。
『チェコ・アヴァンギャルド ブックデザインにみる文芸運動小史』
西野嘉章 著 平凡社 3,400円(税別)
http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/browse.cgi?code=833032
著者の西野さんは東京大学総合研究博物館に勤務し、廃棄寸前の研究資料や実験器具、戦前の古新聞など、大学内の「ゴミ資源」を丹念に拾い集め、新しい視点から展示してみせる展覧会で、来館者をアッと驚かせたことで知られている。
中世末期のフランス美術が本来のご専門ながら、20世紀美術にも造詣が深く、いってみれば博覧強記を地で行ったようなお人だ。彼はまた隠れもない蒐書家であり、近年はチェコを始めとする東欧アヴァンギャルド書籍を熱心に集めてこられた。数年前「チャペック兄弟とチェコ・アヴァンギャルド」という展覧会を鎌倉でご覧になった方は、その後半部分で彼のコレクションの一端を目のあたりにしたはずだ。
今回の本ではまず巻頭100ページで綺羅星のごとき稀少な書物・雑誌(すべて著者のコレクション)に目を奪われるが、それにもまして素晴らしいのは、彼の視点がプラハ(チェコ)にとどまることなく、ベルリン、パリ、ミラノ、モスクワ、ブダペスト…と全欧に張り巡らされた芸術家のネットワークをつねに意識し、20世紀前半のデザイン運動をつとめて横断的・越境的に捉えようとしているところだ。
それに加えて、いつもながら感心するのは西野さんの文章の明晰さ、読みやすさ。複雑に入り組んだアヴァンギャルド運動の経緯が、手に取るようにわかってしまう。全く大した才能だ、と感嘆する。今日も池袋からの車中で読み始めたら、千葉に着くまでに読み終わってしまったほどだ。
最後の「あとがき」を読んでいたら、心臓が止まりそうになった。「貴重な情報と有益な示唆」の提供者として、小生の名が挙げられていたからだ。とんでもないことだ。西野さんとは何度か本郷の古本屋で出くわし、そのまま研究室にお邪魔して、珈琲をご馳走になりながら雑談しただけだ。いつの日か、彼のために本当の貢献ができればいいのだが。
忘れずに付け加えておくと、これまた「いつもながら」だが、西野さんの著書の装丁は端正そのもの、ほれぼれするほど美しい。これがデザイナー・浅井潔さんの最後のお仕事になってしまったのは残念でならない。