「DIC川村記念美術館 1990–2025 作品、建築、自然」は、美術館の基本である所蔵品を、これらが展示されることを念頭に設計された展示室で紹介するという、とてもシンプルな企画です。奇を衒ったことはせず、34年の間、ごく真面目に継続してきた、いわば普段通りの姿です。通常時よりも展示点数が多いことや配布用に館内マップを準備したことを除けば、作品の解説掲示がないこと、監視員がいること、そして館内の撮影が全面禁止であることも変わりません。
DIC川村記念美術館では、作品と見る人の出会いを大切に、作品が発する言葉を解説という形で代弁するのではなく、作品自体に語らせる展示を心がけてきました。これにより、美術作品の表現する人間の感情や感覚、あるいは思考や意志に応答しようとするあなたの内なる声を先回りせずに、表出させることのできる余白を残すと考えてきたからです。そして何より、あなた自身が自分の発した内なる声を聴きとる場となることを願ってきました。思えばこのような自由で成熟した場を目指して、34年もの間活動できたことは奇跡に近いかもしれません。
美術や美術館は多様であり、答えはひとつではありませんが、この作品、この建築、この自然のなかで思いを巡らせた時間が、あなた自身について知るきっかけや救いとなったならば、これ以上の喜びはありません。訪れてくださったあなたと、このDIC川村記念美術館を分かち合えたことに意味があったことを願っています。
佐倉での最後の展示「DIC川村記念美術館 1990–2025 作品、建築、自然」会場出口のパネルに掲げられていた「結び」の言葉。何度目かの訪問時に全文を書き写してきた。「自由で成熟した場を目指して、34年もの間活動できたことは奇跡に近い」――まことにそのとおりだと深く頷くとともに、涙なくしては読み通すことのできないマニフェストだった。