いささか旧聞に属するが、去る6月8日に絵本学会から第5回「日本絵本研究賞」を授かった。受賞対象は白百合女子大学児童文化研究センターの研究論文集(第26号、2023年3月刊)に載った「光吉夏弥旧蔵のロシア絵本について」という拙論である。光吉夏弥(1904–1989)は欧米の絵本・児童文学の翻訳紹介に努めた人物で、戦後ほどなく石井桃子とともに絵本シリーズ「岩波の子どもの本」の刊行に尽力した功績で名高い。『みんなの世界』『ひとまねこざる』『はなのすきなうし』など、光吉が邦訳・編集した絵本は七十年後の今も現役で愛読されている。
その光吉が戦前に蒐集した1920~30年代のロシア絵本(全六十一冊/白百合女子大学児童文化研究センター蔵)を悉皆調査し、それらの入手経路や蒐集意図を考察したのがささやかな拙論なのだが、地味なうえにも地味な内容であるうえ、重箱の隅をつつくような研究スタイルに終始し、自分でそう言うのもなんだが、三年に一度の晴れがましい大賞に値するほどの成果とは思えなかった。まして小生はいかなる組織にも属さない在野の研究者。絵本学会の会員ですらないのだ。だから、いきなり「日本絵本研究賞」と告げられても当惑した。授賞式に出席し賞状を頂戴しても、なかなか実感が湧かなかった。褒められることに慣れていないのである。
このほどニューズレター『絵本学会NEWS No. 79』がウェブ上に公開され、そこでは「第5回日本絵本研究賞選考結果報告」として、五人の専門家からなる選考委員が六点の候補論文をじっくり読み比べたうえで受賞作を選んだ経緯が詳しく綴られていた。選考委員長の松本猛氏の「総評」から該当箇所を引かせてもらおう。
第5回絵本研究賞本賞の「光吉夏弥旧蔵のロシア絵本について」は、各選考委員から高い評価が寄せられた。
沼辺氏の論文は「岩波の子どもの本」創刊に重要な役割を果たした光吉夏弥のロシア絵本コレクションについて考察したものである。歴史的背景をしっかり把握したうえで、一冊ずつ出版年と持ち主の署名を調べるなど、緻密な調査に基づき入手先を推定し、光吉のロシア絵本に対する認識の深さを明らかにした。新たな知見がある労作である。1920年代ロシア絵本の評価についても優れた洞察があり、また、「岩波の子どもの本」になぜロシア絵本がほとんど入らなかったかについての考察も優れたものである。
現代の日本の絵本の出発点に大きな役割を果たした光吉夏弥の絵本観を知るうえで貴重な研究論文だった。
そうだったか。そこまで丁寧に読み込まれたうえで拙論を選出して下さったとは望外の喜びであり、これに優る栄誉はあるまい。まさしく研究者冥利に尽きる、そう確信できた。こつこつ好きな道を究めていると、思いがけずご褒美が貰えるものだ。