リハビリを兼ねて拙宅に最も近い美術館まで出向いた。京葉線「千葉みなと」駅から徒歩数分、海辺の広々した公園の一郭に立地する千葉県立美術館である。
県庁所在地の例に洩れず、千葉市にはもうひとつ千葉市美術館もあり、こちらが日本版画と現代美術の優れたコレクションを擁し、意欲的な展覧会を次々に開催して人気を呼んでいるのに対し、もともと老舗だったはずの千葉県立美術館は、蒐集でも企画でも著しく遅れをとり、これといった話題性を欠いたまま、時流から取り残された地味な存在に甘んじている。
本年は明治初年に千葉県が誕生して百五十周年にあたるところから、ここ県立美術館では「描かれた房総」なる展覧会を催している。千葉の海浜風景を中心に、房総を題材とする絵画が四十点あまり並ぶ。館蔵コレクションのみの小ぢんまりした展示ながら、普段なかなか観る機会のない水彩・素描作品も含まれており、千葉県民としては見過ごせない内容である。
⇒館長トークのお知らせ貝塚館長は展示作品のなかから、ジョルジュ・ビゴーの《稲毛の夕焼け》(1890年代)と浅井忠の《漁婦》(1897)の二枚の油彩画に話を絞り、房総半島がその風光明媚な景観と、東京からほど近い至便な立地とから別荘地・保養地として栄え、明治時代からしばしば画家たちの滞在先となった経緯を手際よく語られた。ビゴーは稲毛の浜(千葉市稲毛区)の風物を愛して居を構え、浅井忠は冬の外房・根本海岸(南房総市)に滞在し、漁から帰路に就く漁婦たちを間近に活写している。
館長トークでは配布した参考図版を参照しながら、ビゴーが居住した当時の稲毛海岸の様子を解き明かし、画家の制作意図を推察する。ビゴーはフランス留学から戻った黒田清輝と個人的な親交があり、その黒田もまた外房の大原(いすみ市)に滞在し、海浜風景を描いて1897年の「白馬会」展で展示された由。
本展に並んだ浅井忠の《漁婦》も同じ1897年の作であり、こちらは同年の「明治美術会」展に出品された。房総の風物はこの時代の多くの画家たちが競い合うように好んで描いた画題であり、こうした積み重ねの先に、青木繁は1904年の夏、布良(館山市)に長逗留して傑作《海の幸》を描く。
すべての出来事は網の目のように絡み合い、「房総絵画」の系譜を紡ぎだしている。貝塚館長のトークは流暢な語り口で、絵画史を繙くことの醍醐味を実感させ、一時間のトークは瞬く間に思われた。さすがである。
【この館長トークは8月27日(日)13:30~、9月15日(金)18:00~にも予定されている。】