年少の友人から海野弘の本では何がお薦めかと尋ねられて、即答できず口籠ってしまった。なにしろ海野さんの著作は膨大な数あって、ウィキペディアの項目に列挙されただけで百三十三点に上る。このほか監修・解説を担当した近年の画集シリーズが三十六点あって、なかには手にしたことのない書目もあるから、どれが推奨すべき代表作なのか、にわかに判断できず応答に窮してしまう。
海野さんといえばアール・ヌーヴォー、アール・デコ、モダン建築・都市に関する著作がすぐ思い浮かぶだろうが、ほかにもプルーストを丹念に読み解いた労作や、秘密結社やスパイの歴史の関する論考、さらには江戸時代に材を得た小説集まであって、とてもじゃないが全貌を把握できないのだ。
それでもどれか一冊だけ挙げるとなれば、すでに何度となく玩味熟読したこの本ということになる。刊行から長い歳月を経ても一向に色褪せることなく、読み返すたび新たな発見がある、座右の書物なのだ。
これは凄い本だ。世紀末のロイ・フラーを源として、イザドラ・ダンカン、マリー・ヴィクマン、マーサ・グレアムを経て現代へと連なるモダン・ダンスの系譜を丹念に辿るのみならず、ジャック=ダルクローズの「オイリュトミー」運動、ルース・セント・デニスとテッド・ショーンの「デニショーン舞踊団」、さらにはオスカー・シュレンマーの「トリアディック・バレエ」についての懇切な解説がある。それらが並列的に紹介されるのでなく、互いに影響しつつ撚糸のように連なっていくさまが生き生きと語られる。
個人的には第五章「もう一つのモダンダンス史」で、スコットランド画家 J・D・ファーガソンがリズミカルに躍動する裸体を描いた一連の作品とモダン・ダンスとの関係を論じたくだりに、それこそ目も眩むほど鮮烈な衝撃を受けた。小生はこの文章に導かれながら、1910年代前半にロンドンと東京の若者たちがダンスと躍動する身体をめぐって意気投合する経緯を跡づけた小論「大正二年のバレエ・リュス」(2003)を書いたのである。