あいにくの雨模様だったが、来日したサイモン・モリソン教授を荻窪の大田黒公園までお連れした。大田黒元雄の旧宅跡である。ここには1933年に建った音楽室が昔のまま残り、古式ゆかしい寄木細工貼りのセミ・グランドピアノが鎮座している。
大田黒がこの1900年製のスタインウェイを購入したのは1917年9月のこと。当時住まっていた大森山王の自邸に運び入れて、ソプラノ歌手だった愛妻ちづゑ夫人のピアノ伴奏などに用いていた。
セルゲイ・プロコフィエフが人力車で大田黒邸を訪れて、音楽室にあった近現代音楽の譜面を手あたり次第に弾いたのは、1918年7月23日のこと。彼は何かラヴェルの楽譜はないかと所望し、大田黒が取り出した《マ・メール・ロワ》を目にすると、大喜びでピアノに向かって弾き出した。大田黒はその様子をこう活写する。
彼は此のデリケートな小さな組曲の中の「美人と獸の登場」と題された一節を中にも好んで居た。此れはもともと洋琴の聯彈用として作られたものであるけれど、管絃樂で聽くと猶一層效果があると彼は云つた。そし獸の唸り聲をあらはす低い音がコントラ・フアゴツトで吹かれると何とも云へない感じがすると云つて「ウオー、ウオー」と口真似迄した。それがこの大田黒公園のピアノである。プロコフィエフが弾いた楽器に触れる機会など滅多にあるものではなく、さすがのモリソン教授も目を丸くし、公園管理事務所から特別な許可を頂戴して試し弾きしてみた。鍵盤の感触がとても軽い、デリケートな響きのピアノだ、というのが教授のご感想だった。小雨のなか同行してくださり、仲介の労をとっていただいた青柳いづみこさんに心から御礼を申し上げたい。