蔵書の整理に追われる一日。中腰での作業は腰が辛い。箱詰めを終えて一息ついたところで、今日(3月5日)がセルゲイ・プロコフィエフの命日だと気づいた。しかも歿後七十年という節目に当たっている。そうと知った以上は、たまたま先週お茶の水の中古ショップで安く手にした一枚を聴いて、苦衷に満ちたその晩年を偲ぶことにする。
"Prokofiev - Vadim Tchijik - David Bismuth"
プロコフィエフ:
ヴァイオリン・ソナタ 第一番 ヘ短調 作品80
五つの旋律 作品35bis
ヴァイオリン/ワジム・チジク
ピアノ/ダヴィッド・ビスミュート
2006年5月9–11日、マルセイユ、ダーム・レユニ礼拝堂
Lyrinx LYR 246 (CD, 2009)
ワジム・チジク(Вадим Чижик/ Vadim Tchijik)は1975年モスクワ生まれ。モスクワ音楽院とリヨン音楽院に学び、1993年からはフランス在住。同じLyrinxにフォーレとラヴェルのソナタ集、Extonにストラヴィンスキーやフランスのソナタ集(ルクー、プーランク、ラヴェル)などの録音があるというが、小生は寡聞にして初めて聴く。
ピアノのダヴィッド・ビスミュート(David Bismuth)もチジクと同年に南仏コート・ダジュールで生まれた生粋のフランス人である。ニース音楽院で学んだあと、パリ音楽院でブリジット・エンゲラーに師事した。フランクとフォーレ、ドビュッシーとデュカ、バッハの独奏アルバムがあるというが、いずれも小生は未聴である。チジクとの共演は少なくとも音盤上ではこれが初めてだろう。
肺腑を抉り、心の深淵を覗き込むような《第一》。穏やかな抒情に満たされた平明な《第二》。同時期に構想されながら全く表現領域を異にする二つのヴァイオリン・ソナタをともに満足のいく完成度で仕上げるのは容易でない。そこに米国滞在時代に作曲されたあえかな幻想に彩られた小品集《五つの旋律》も加わるのだから、ハードルはさらに高いというべきだ。
チジクは《第一》では過度に深刻な感情吐露や激越な身振りを避け、《第二》でも甘く情緒的に歌い過ぎぬよう、いずれの場合も作品から少し距離をおくクールな態度を崩さない。これを際だった個性を欠いた物足りない演奏と評する向きもあろうが、そこに一貫してプロコフィエフの新古典主義を認める奏者の姿勢が浮かび上がる。さらりと水彩画のように心模様を映す《五つの旋律》もたいそう魅力的。