昨日は必要に迫られて仙川の白百合女子大学へと足を運んだ(要件は光吉夏弥旧蔵ロシア絵本の追加調査)のだが、今日は横浜の神奈川近代文学館まで「堀内誠一 絵の世界」展を観に赴いた。目下開催中の多くの展覧会と同じく、これも今週末(9月25日まで)で終わってしまうと知り、大慌てで出向いた次第。
堀内誠一は小生が同時代に遭遇した本物の天才デザイナー/イラストレーターとして、和田誠と並んで愛惜してやまない存在であり続けている。1987年に五十四歳という若さで急逝して以来、堀内の不在を片時も忘れることができず、喪失感を噛みしめる意味から、その業績を偲ぶ展覧会には努めて足を運ぶようにしてきた。
1998年のふくやま美術館「堀内誠一 絵本の世界」展、1999年の平塚市美術館「堀内誠一 雑誌と絵本の世界」、2007年の教文館(東京・銀座)「堀内誠一
絵本原画展 ぐるんぱもan・anも」、2008年のギャラリーTOM(東京・松濤)「旅の仲間 澁澤龍彦と堀内誠一による航空書簡より」、そして2009年の世田谷文学館「堀内誠一 旅と絵本とデザインと」といったところだろうか(最後の展覧会は2011年にうらわ美術館でも再見)。
これだけ足繁く通ったものだから、さすがに今回の展覧会では既視感ばかりが先立ち、新鮮な出逢いが得られないのは致し方あるまい。
それに、この文学館の展示空間には制約があって、豊穣にして多岐にわたる堀内の仕事を通覧するには絶望的に狭苦しすぎる。しかも備え付けの硝子ケースのなかに額装した絵本原画が並ぶという、二重に隔てられた展示方法だったから、作品との間に隔たりがあって、隔靴掻痒のもどかしさが付きまとった。要するに一言でいえば、これまでの堀内誠一展のなかで最低の出来だった。
それでも、最初期に松本峻介やモディリアーニばりの画風で描いた油彩による風景や自画像は一度も観た憶えがないし、1954年「日宣美展」に出品したという架空のLPレコード・ジャケット試作(そのうち一点はオネゲルの第二交響曲!)や、ルーマー・ゴッデンの童話『人形の家』(岩波書店、1967)の挿絵とともに飾られていた小さな木製オランダ人形(ヨーロッパ滞在時に手に入れた遺愛の品)も、初めて目にするものだ。だから収穫が皆無だったわけではない。
備忘録としてカタログも購入したが、これは平凡社から市販されているので、書店でもネット経由でも簡単に手に入る。多くの作品の図版(巡回展なので横浜で並ばないものも多い)がカラー掲載されていて目には愉しいが、巻末の寄稿文が二本とも彼の生涯と仕事を表面的になぞっただけの、ありきたりで底が浅い代物でしかなく、大いに落胆した。これでは今年が生誕九十年だという不世出の天才に失礼だろう。