■ ギンレイホール閉館のお知らせ
ファンの皆さまにはいつもギンレイホールをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
ギンレイホールは1974年(昭和49年)の創業以来48年間この神楽坂の地で皆さまに映画をお届けしてまいりました。
このたび入居する築63年の銀鈴会館ビルの老朽化に伴い、ビル所有者が建替工事をすることになり、ギンレイホールは立退き移転することになりました。 つきましてはギンレイホールは令和4年11月27日(日)をもって閉館することといたします。
なお、11月27日(日)までは通常通りの営業をいたします。
移転につきましては、ただいま準備中につき移転場所等営業再開の予定が決まり次第、後日改めてお知らせいたします。
令和4年9月5日
名画座 ギンレイホール 館主 加藤 忠
今や都内では数少ない名画座の老舗「ギンレイホール」閉館の悲報である。言うまでもなかろうが、「名画座」とはかつて評判になった、あるいは不当に埋もれた旧作を「二本立て・三本立て」「安価で」上映する映画館のことで、1970年代には東京の盛り場のあちこちにあって、暇はあれども懐具合の寂しい映画好きで賑わっていた。
80年代からはレンタル・ヴィデオの隆盛やDVDの普及などに押されて急速に衰退した。今や東京都内で名画座の総数は片手の指で足りるほどしかなく、映画界の絶滅危惧種と目されている。
半世紀近い歴史を誇る飯田橋の「ギンレイホール」は、すぐ近くにあった「飯田橋佳作座」(1988年4月閉館)と並んで、年配の映画ファンにはたいそう懐かしい場所であろう。パスポート会員になって今も熱心に通っているという人もある。
告知を読むと、建物の老朽化に伴う閉館であり、新たな移転場所を探しているとのことだが、はたして再開は叶うのであろうか。
小生は決してこの館の熱心な利用者ではなく、とりたてて鮮烈な思い出があるわけではないが、手元の手控え帖から、飯田橋の二つの名画座でいつ何を観たのか、年代を追って拾い出してみた。
【飯田橋佳作座】
▣1979年9月13日
ルキーノ・ヴィスコンティ《郵便配達は二度ベルを鳴らす》
イングマール・ベルイマン《儀式》
▣1983年1月17日
フランシス・コッポラ《ワン・フロム・ザ・ハート》
フランシス・コッポラ《地獄の黙示録》
▣1983年7月6日
アルフレッド・ヒッチコック《白い恐怖》
アルフレッド・ヒッチコック《汚名》
▣1985年6月11日
ロバート・ゼメキス《ロマンシング・ストーン 秘宝の谷》
▣1985年6月13日
ハワード・ジーフ《殺したいほど愛されて》
▣1985年8月15日
フランシス・コッポラ《アウトサイダー》
▣1985年9月5日
ブライアン・デ・パルマ《殺しのドレス》
▣1986年2月4日
フェデリーコ・フェリーニ《甘い生活》
▣1986年12月10日
アンドレイ・コンチャロフスキー《暴走機関車》
【飯田橋ギンレイホール】
▣1986年11月17日
ジム・ヘンソン《ラビリンス 魔王の迷宮》
▣1986年12月13日
リチャード・マーカンド《白と黒のナイフ》
ローレンス・カスダン《白いドレスの女》
▣1988年7月20日
ピーター・イエイツ《容疑者》
リドリー・スコット《誰かに見られてる》
▣1989年9月13日
テリー・ギリアム《バロン》
ケン・クワピス《バイブス秘宝の謎》
▣1990年2月28日
クロード・ソーテ《ギャルソン》
▣1993年9月16日
パトリス・ルコント《髪結いの亭主》
▣1996年9月17日
テオ・アンゲロプロス《ユリシーズの瞳》
▣2007年8月29日
ロバート・アルトマン《今宵、フィッツジェラルド劇場で》
これらのうち、唯一ブログに文章が残る《今宵、フィッツジェラルド劇場で》の鑑賞レヴューを再録しておく。これがギンレイで観た最後の映画になりそうだ。
今宵、意を決して飯田橋のギンレイホールで《今宵、フィッツジェラルド劇場で》を観た。これがロバート・アルトマンの遺作であるという感慨を抜きに観ることはもはや不可能だが、そうした積年の想いを抜きにしても、これは凄いフィルムだ。
《プレタポルテ》(1994)以降の作品を見逃しているので、アルトマンの晩年の軌跡を辿り直すことができないのが残念だが、小生の知る限りでは、この作品は間違いなく《ナッシュビル》(1975)によく似ている。いや、正確に言うならば、アルトマン以外のどんな監督の映画にもこれと類似したフィルムは思い当たらず、似通った作品を探すと、結局《ナッシュビル》に行きついてしまうのだ。プロットらしいプロットもなく、大勢の登場人物がひたすら歌い、しゃべり、泣き笑いする。それでいて、これこそ映画なのだ、という悦ばしい確信がむくむくと湧き上がってくる。
心臓移植後のアルトマンは常に健康に問題を抱えており、白血病も患っていたというから、本作を撮りながら、これがひょっとして遺作になるかも・・・という予感が監督にあったことは否定できないだろう。死神=死の天使とおぼしき女性が重要な役どころで登場し、「老人の死は悲劇じゃない」などという台詞を吐く。いささかアルトマンらしからぬ設定で、ドキっとさせられるし、違和感は拭えない。とはいえ、最終的に死の悲しみは乗り越えられ、すべては唄と笑いで締め括られるのであるが・・・。
三十年続いたラジオ番組がついに最終回を迎え、その公開放送のため常連のカントリー歌手たちが「フィッツジェラルド劇場」に集い、賑やかに歌い、想い出を語らう――というのがこの映画の大枠の物語。誰もが少しばかりしんみりしつつも、徒に悲壮ぶる者はおらず、いつものように無駄話に興じ、ふざけあい、洒落のめし、笑い飛ばそうとする。「泣くのは嫌だ、笑っちゃおう」というわけだ。このどこまでも陽気で融通無碍でノンシャランな雰囲気こそ、《ナッシュビル》の、《ウエディング》の、《ビッグ・アメリカン》の世界に直結する。アルトマンはやっぱりアルトマンなのだ。
登場する歌手たち、裏方たちの表情が実にいい。とても演技とは思えない自然さ、誰もが素のままをキャメラに晒しているようにしか見えない。いかにもアルトマン好みの女優リリー・トムリンと、どうにも非アルトマン的な存在のはずのメリル・ストリープとが、こともあろうにカントリー歌手姉妹に扮し、いともたやすく作中人物になりおおせてしまう。なんとも奇蹟的な光景である。
今日はこれくらいにしておこう。かつて一度でもアルトマン映画に心揺さぶられた人なら、是非ともこの映画を観に足を運ぶべきである。そして心のなかで、このタフで図太く、繊細で心優しい監督に、感謝の念をこめて別れの挨拶をしよう。あくまでも、さりげなく、ノンシャランに。