少しく旧聞に属するが、七月にこんな覆刻CDを新品で取り寄せた。元のオリジナルLPも架蔵しているが、やはり手軽なCDで思うさま聴きたかったのだ。
《江利チエミ/CHIEMI SHOW TIME》
マイ・フェア・レディより
1. すてきじゃない?
2. はっきりして・・・
3. 待てばいいよ〈みてろ、ヘンリー・ヒギンス〉
※この曲名は誤記で、初出LPでは「待てばいいのよ」
4. あの人になれた
5. 君住む街角
6. 踊り明かそう
チエミ・アット・ザ・コマより
7. すてきな商売
8. わたしの心はダディーのもの
9. 思い出のサンフランシスコ
10. 新妻に捧げる歌
11. さのさ~都々逸
12. 花笠踊り
歌/江利チエミ
演奏/キングオーケストラ[1、6~8]
原 信夫とシャープス・アンド・フラッツ[9]
与田輝雄とシックス・レモンズ[12]
キングレコード KICX 1124 (CD, 2020)
【アルバムの口上】(CDケース裏面に記される)
あの感動をもう一度!!
希代のディーバ江利チエミの名演ライブが初CD化!
ジャズ、ポップス、民謡、歌謡曲、ミュージカルなど『音楽』という宝の海を自在に泳いだ希代のディーバ、江利チエミ。
全盛期を迎えていた昭和38年の貴重なライブ音源を最新のリマスタリング技術を駆使して初CD化。彼女の魅力を堪能できる奇跡の一枚がここに。
「マイ・フェア・レディ」昭和38年9月 宝塚劇場にて収録
「100万人の天使」昭和38年11月 コマ劇場にて収録
言うまでもなかろうが、江利チエミはミュージカル《マイ・フェア・レディ》が1963年9月に本邦初演された際の主役イライザであり、その瑞々しくも巧みな歌と演技は永く語り継がれている。小生も何人もの先人たちから、このときの彼女の目覚ましい舞台をさまざまに伝え聞いている。その「初代イライザ」の歌唱をリアルタイムで克明に記録した点にこそ、本アルバムの不朽の価値がある。「奇跡の一枚」――かけがえのない歴史的音源とはまさにこれだろう。
ただし、このCDはデータ上の信じがたい記載ミス――それも致命的な過ちをいくつも犯している。
CDケース裏面には、《マイ・フェア・レディ》からのナンバー六曲が「昭和38年9月 宝塚劇場にて収録」されたと註記されるが(ここでいう「宝塚劇場」とは東京・日比谷の「東京宝塚劇場」のことだ)、これはどう考えてもおかしい。あり得ないことだ。
その理由は聴く前から誰の目にも明らかだ。なぜなら、収録された六曲のうちで「あの人になれた I've Grown Accustomed to Her Face」はヒギンズ教授の、「君住む街角 On the Street Where You Live」はフレディ(イライザに恋慕する若者)の、それぞれ持ち歌であり、ミュージカルの舞台で江利チエミが歌うなど起こり得ないからだ。このアルバムで聴かれる六曲は、初演時の彼女の歌唱をライヴ収録したものでは全くなく、後日それとは別アレンジ(随所がジャズ風に編曲されている)でスタジオ収録されたセッション録音なのである。
杜撰な過ちは共演バンドの名称の記載にもある。架蔵する本アルバムの初出LP(キング SKJ 1044, 1964年2月発売)を参照すると、前半の《マイ・フェア・レディ》も、後半の《チエミ・アット・ザ・コマ》も、チエミ嬢の伴奏を務めたのは一貫して「原 信夫とシャープス・アンド・フラッツ」であり、このCDに記されたように三つの楽団が分担していた事実は認められない。
さらに付言すると、この《チエミ・アット・ザ・コマ》とは1963年11月、東京・新宿の新宿コマ劇場で上演された創作ミュージカル《100万人の天使》(菊田一夫/作・演出)のことだが、このセクションもまた(実際に聴くとわかるが)ライヴ音源ではなく、スタジオでセッション収録されたものにほぼ間違いない。
もうひとつ、惹句には「最新のリマスタリング技術を駆使して初CD化」と謳われているが、少なくとも「初CD化」の部分は事実に反する。ここに収められた十二曲のうち、1. から 9. までは1992年に出た《江利チエミ大全集1/チエミのPOPS》(10CDs)、および1995年の《チエミ・ミュージカルを歌う》で覆刻されており、「初CD化」とは真っ赤な偽りなのである。
本CDは「キングレコード創業90周年記念 蔵出し名盤復刻シリーズ」の一枚であり、同社が誇りとする伝統の証として、満を持して世に問うたものだ。ああ、それなのに、この体たらく。この会社は無事に創業百周年を迎えることができるのか、今からそれが心配である。