今宵は心地よい夜風に誘われて、シューマンの室内楽を続けざまに聴いている。オランダの地方都市に腕利きの名手たちが集い、名曲から秘曲まで、さまざまな楽器を組み合わせた趣ある楽曲の数々をプログラムに組んだ贅沢な一夜の実況録音だ。
"Schumann: Chamber Music/ Martha Argerich"
シューマン:
ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44* (Pf, 2Vn, Va, Vc)
アンダンテと変奏曲 作品46** (2Pf, 2Vc, Hn)
ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47*** (Pf, Vn, Va, Vc)
幻想小曲集 作品73**** (Pf, Vc)
アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70***** (Pf, Hn)
お伽話の絵(四つの小品)作品113****** (Pf, Va)
ヴァイオリン・ソナタ 第二番 二短調 作品121******* (Pf, Vn)
ピアノ/マルタ・アルヘリッチ* ** **** ****** *******
/アレクサンドル・ラビノヴィチ** *** *****
ヴァイオリン/ドーラ・シュヴァルツベルク* *** *******
ルーシー・ホール*
ヴィオラ/今井信子* *** ******
チェロ/ナターリヤ・グートマン** *** ****
ミッシャ・マイスキー* **
ホルン/マリー=ルイーズ・ノイネッカー** *****
1994年9月18日、ネイメーヘン、コンセルトヘバウ(実況)
EMI 5 55484 2 (2CDs, 1995)
ピアノ五重奏曲
アンダンテと変奏曲
アダージョとアレグロ
お伽話の絵
アンサンブルの中心は明らかにマルタ・アルヘリッチなのだが、共演する面々がご覧のとおり、世界的な名人上手だから、昂揚し白熱しつつも含蓄あるニュアンスが漂う、ちょっと他に例をみない高次元のアンサンブルが実現した。アルゲリッチが参加したシューマンの五重奏曲の録音はいくつか存在するが、小生の知る限りこれが断然いい。
二台ピアノとチェロ二挺、それにホルンという珍しい編成の《アンダンテと変奏曲》は、むしろ二台ピアノ用の編曲で知られ、こちらのオリジナル版が奏されるのはごく稀ではなかろうか。しかもアルヘリッチとラビノヴィチ、グートマンとマイスキー、それにノイネッカーという稀代の名手が居並ぶ、惑星直列さながら千載一遇の共演である。当代随一の女性ホルン奏者ノイネッカーの驚異的な技量と音楽性を知るには、むしろ《アダージョとアレグロ》のほうがいっそ好都合かもしれない。
そして(小生にとって)最大の聴きものは、今井信子とアルヘリッチの二重奏による《お伽話の絵 Märchenbilder》だろう。深々としたヴィオラの内省的な音色がほの暗くシューマネスクな瞑想の境地へと誘う。アルヘリッチのピアノも緩急自在、攻め過ぎずに引き際を心得た絶妙な呼吸で応ずる。こんな見事な二重奏はちょっと他所では聴くことができないだろう。
ふと気づくと、いつしか時計は十二時を回っている。今日は6月5日。マルタ・アルヘリッチ女史の誕生日なのだ。